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気力がない。起き上がる気力がない。
毒入りの飯を食わせた佐疫は、水咽が苦しんでいる姿に満足したのか汗をびっしょりとかいた前髪をどかし顔をのぞかせ「また来るね」と帰って行った。それからどのくらい時間が経ったかわからない。ここには時計がないし、もはや体内時計もあまり信用できなくなってきた。

誰か、助けにこないかな。と思うもきっと佐疫のように頭がおかしくなった仲間が来るだけなんだろうなと泣きそうになる。

どうしてこうなったか。何度もそう問いただす。こたえがないから考えても無駄だとわかっていても、問うことをやめることはできない。

水咽は、理由が、ほしい。
己に、彼らに、何か原因があるのならば。それを知ることができたなら、納得ができるかもしれない。この現状に納得つけ、なら仕方ないと諦めるかもしれない。けれど、やはり、納得できない今。それでも考えるのはもはや暗示に近いものなのではないかと。

もう、考えるのはやめよう。眠ってしまおう。少しの間だけでも、心の、休息、を。

「―――・・・誰か、」

くる。

カツンカツンと力強く早い足音が近づいてくるのが聞こえる。今度は誰がくる。今度は、誰が、私を、脅かしに、やってくるのだ。

音が目の前で止まった。
重たい体を転がし、顔を向けた。
そこには、谷裂がたっていた。いつもの厳つい顔で立っている。数秒、無言が続いた。

「谷裂・・・」

谷裂はおかしくなっていないだろうか。狂ってはいないだろうか。ちゃんと、普通なのだろうか。彼は心身共に強い。もしかしたら、佐疫や肋角さんのようにおかしくはなっていないかもしれない。けれど肋角さんがああなのだ。やはり谷裂も。

「肋角さんから話は聞いた」
「・・・なに」

どんな話かはわかっている。

「水咽はこれから酷い目にあうだろうな。あの馬鹿共によって」
「・・・っ・・・じゃあ、助けてよ」
「・・・」
「ここにずっといて、みんなから酷いことされて・・・生きていたくない!前みたいに・・・」

前に見たいに、笑いあい喧嘩して仕事をこなす。そんな日々に戻りたい。

「・・・」

谷裂の言葉に、心からの憐みの視線に、わずかな光。こいつは、狂ってない。まともな、正常な状態なんじゃないかと。もしかしたら、ここの牢屋から、だしてくれるんじゃないかと。


けれど、それはかなわない。
谷裂が首を左右に振った。

「残念だが、肋角さんの命令は絶対だ」
「・・・けど、こんなの、おかしいよ――」
「おかしくなどない」

え?

きっぱりと言い切った谷裂を見る。


その言葉に、言葉を理解するのに何秒かかったか。否、理解するより先に谷裂の次の言葉の方が早かった。

「肋角さんのお言葉はいつも正しい。たとえ、お前を監禁せよ、という命でも、座敷牢から出さなければ何をしてもかまわないという命でも、だ。わかるか?だからこれは正しい。おかしいわけないだろうが」
「・・・何言って、だって、私・・・、・・・?」
「それとも貴様は、肋角さんの言葉が信じられないとでもいうのか・・・?」

鋭い目線が落ちる。
殺意のこもった紫の瞳に、身を震わせた。これほどの殺意は向けられたことがない。谷裂は、本気だった。
水咽は、それに負けて身を震わせ口を閉じる。

次、何か言ったら、殺される。



「・・・、貴様を哀れには思うがそれ以上も以下もない。ただ、肋角さんの手を煩わせるならそれ相応の覚悟はしておけ」

そう、静かに殺意を押し殺し、告げた谷裂は背を見せて闇の中へと消えていった。



ここには、助けてくれる人はいない。
ここにくる仲間だった者たちは、みな、狂っているんだ。

水咽はまた一人になった空間で声を押し殺して泣いた。
これからのこと、永遠にここに閉じ込められるであろう未来。仲間で家族であった彼らに、異常である性癖、をぶつけられるであろうこの先。

希望なんて一ミリもそこには落ちていないのではないか。

「・・・・・・う、そだぁ」



だれか、うそだと、いって、
たすけてください。