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肋角さんに、首輪をつけられてもう何十年たったか。まだ百年単位はいっていないはずだけども、それでもその何十年という月日は私の性格を完全におかしくさせてくれた。

「水咽、調子はどうだ?」

いつもの声で話しかけてくれる肋角さん。ちょっと昨日、激しくされて疲れたけど問題はない。肋角さんの”誰か”には攫われてないし、その視線も感じない。今日も大丈夫。そう伝えれば「そうか」と嬉しそうに頬を撫でた。
それが嬉しくて、笑う。

「よかった。念の為に来る前に見回ってきたんだがそれらしき影は見当たらない」
「そうですか、そしたら安全だよね」
「いいや、安全じゃない。俺や部下たちが見回ってるから、その間だけだ。少しでも隙をつくればそいつはお前をさらいに奪いにやってくる。お前を、お前がいなくなるだなんてこと考えるだけで俺は仕事どころではなくなる」
「大丈夫大丈夫。そんな心配して仕事をすっぽかしたら上の人に怒られま―――んぐっ」

肋角さんの優しい手が首を絞める。
穏やかな表情から一転、まさに鬼のような赤い瞳が水咽を睨んだ。

「そんなことでは騙されて連れていかれるぞ。こんなにもお前を心配しているんだ・・・!水咽!」

意識が飛びそうなくらいに、すっと手がはなれる。咳き込み肋角さんをみる。
鬼のような形相は消えてなくなり、ただ心配そうにみつめる親のような顔。

「すまなかったな・・・」
「だいじょうぶ、です」
「ああ・・・痕がついてしまったな・・・だが、俺につけられた傷だ、平気だろう?」
「―はい、肋角さん」

私も、もう充分にくるっている。

「こんど、お話があるんです。先に災藤さんから話がいくかもしれないんですけど、聞いてくれますか?」
「ああ」

もう、それでもいいや。
けれど、どうしてこうなったのかだけは思い出そう。

まるで素晴らしいアルバムを開くかのように。





――――少し、過去をさかのぼろう。



百年と獄卒やって、百年過ぎたあたりから回りの様子がおかしくなった。
見た目的には変わらないんだけど、時折獣のように、亡者のように歪な表情を見せてくるときがある。

時々、「お前は俺のものだ」と襲われそうになったこともあり、何かが狂い始めてる、と感じていた。それでも家族ということに変わりはないと思い過ごしてきたわけだが。

肋角さんに呼び出されたかと思うと首に鈴のついた赤い首輪をつけられた。ご丁寧に鎖もついていて逃げ出すこともかなわない。肋角さんはいつもの表情で頭を撫でてくれていつもの声で。

「お前を閉じ込める」そういった。

どういうことだ。なんで。どうして。そういった気持ちをぶつけたが優しく笑むばかりで何も言ってはくれない。鎖で引っ張られ連れてこられたのは地下の牢屋。その奥に行くといつの間にか用意したのか座敷牢がそこにあった。ここに私はいれられるのか。

そこに入れられ、鎖でつながれる。座敷牢の中を歩き回る長さはあるが、鉄扉をくぐろうとするあたりでピン!と完全に伸びてでれない。

「肋角さん、なんで・・・!」
「お前はここにいればいい。外にはでるな。外に出ればお前を連れ去る奴らがいる。お前をさらおうと話しかけ、お前を誘拐しようと油断させ、お前を俺たちから奪おうと!・・・だからな水咽、完全に狙うやつがいなくなるまでお前はここで安心してまっていろ」

穏やかに、娘を想う親のように。されどそれは過保護を通り過ぎている。
私をさらおうとしている?今までそんな奴などいなかった。確かに上部には忌み嫌われてる部分もあるだろう。しかし誘拐なんて誰もしない。誰も、そんなことを。

「良い子にな」

そう告げた肋角は水咽を置いて去って行ってしまった。
うす暗い灯りの中、独りとなってしまった水咽はどうしてこうなってしまったのか、頭を抱えて考える。けれどわからなかった。

次第に考えることをやめた。
どんなに考えても答えは出ない。それに苦しむのならばやめよう。誰か、来るのをまとう。


水咽はそっと誰か来ないか、と耳を傾けて身を丸め、座敷牢で暮らすことになった―――――