3-7





肋角は上部へ送る報告書を作成し終え深々と息を吐いた。

物事は何事もうまくはいかないことがある。

今回の任務もそうだった。任務自体はうまくいっていた。

それはもう優秀な部下たちの怪異駆逐のおかげで肋角は己のするべきことに集中できたのだから。

魂の消滅という、存在を無に帰す作業は骨の折れるものなのだ。


蝋燭を垂らし封をする。ここまで作業をしたら後は他の任務の報告書と共に上部へと送るのみ。

机の上に置いていた煙管をとり口にくわえる。
仄かにかおるお気に入りの匂いに少しだけ気が抜くことができる。

そうなると今度は、また別の憂いが肋角を襲う。

この館の地下にある牢屋。そこに水咽がいる。命令違反および職務妨害により謹慎の命をだしたのだ。

魂の消滅を終え出てきた肋角の前にいた水咽。涙で顔を濡らし片腕をなくしもう片方を砕かれながらその黒い瞳に執拗の情を燃やしていた。

その様子から我々の手助けに来たのではないとすぐに察する事ができた。
水咽自身は肋角がでてきた意味を悟ったのか絶望の二文字を浮かべ、そのまま気を失った―――否、死んだ。

大量出血によるものが大きいが、命をつなぎとめるまでの”母を守りたい”という想いが成し遂げられなかった事もあるだろう。

死を迎えた水咽は、そのまま牢獄に入れられ一日がたつ。

そろそろ死から還り目を覚ますころだろう。
水咽へと説明をしなければならないのは少しばかり重い。


煙を吐き出す。
ノック音。

そのあとに入ってきたには副長である災藤だった。長く閻魔庁へと赴いていた災藤はつい昨日帰ってきたばかしだ。銀色の瞳が肋角の赤い瞳をみる。

「末の妹は目を覚ましたようだ」
「・・・そうか、どんな様子だった?」
「目覚めてすぐ叫んでいたけれど、ついさっき落ち着いたよ。任務の妨害をしたことを謝っていた」
「・・・。災藤」
「なんだい?」

「なぜ、水咽に任務内容を教えた?」

肋角は引っかかっていることがある。何故水咽が任務内容を知ることができたか。部下たちにはもちろん知らせるなと告げた。キリカやあやこは知るはずもない。留守を頼んだので館からは出ていない。

しかし水咽の衣類のポケットから任務内容が記された紙が同封されていた黒い封筒が見つかった。式神として利用された形跡のあるそれ。書類事態は限られた枚数しかなく、閻魔庁でしか発行できないはず。

水咽の存在を忌む者の嫌がらせか。


あるいは。


災藤は何のことでしょうかね、と肩をすくめた。

「だけど、結果的には現世の記憶という楔を砕いた。彼女を縛るものは何もなくなったわけだ」
「しかし強引すぎるな」

肋角のため息。
対して災藤は、ふふと笑う。

「そうですね。さて、犯人よりまずは水咽に会いに行ってはどうだい?」
「・・・・・・はぁ。そうだな、行ってくる」

わかりきった態度でするりと躱す災藤。肋角も彼がしたことは強引だが、いつかは現世と決別させてやなければならないことをわかっていた。

現世への気持ちを持つ水咽。地獄にいる父を想い過ごす。
それではいつまでも獄卒として成長することができない。

そしてそんな中やってきた任務。母がいる。父を守ることができなかった生前。

それを悔いている水咽はかならずや母を救おうとあがくはず。だから知らせなかった。

生前の記憶が薄れて獄卒として成長したその日まで話さずにおこうとおもっていたのだが。

知ってしまった。そして水咽は今回も守ることができなかった。
きっと、否、絶対にそのことで心に傷がついた事だろう。我々に敵意を向けているかもしれない。

謝罪を、と災藤の口からきいたが、本人を見るまでそれが本当かわかりはしないのだ。



地下へと降りて一つの牢屋の前で足をとめる。

薄い明かりの中、水咽は鉄柵にもたれかかっていた。足音を耳にいれた水咽はゆっくりと目を開けた。



「・・・肋角さん」


静かだ。
高揚しているわけでも沈んでいるわけでもない声。腕はまだ回復してはいなかった。

災藤がいうように落ち着いている。落ち着きすぎて、再生が遅れている。


「・・・今回の任務、命令を破ってしまいそれと任務の妨害までしてしまって、申し訳ございませんでした」
「・・・いい。元はといえば俺が黙っていた事が原因だ。お前が取り乱そうと話すべきだったのだ」
「けれど取り乱すとわかっていたから黙ってた。それでいいんです、肋角さんは間違ってない。間違ってたのは・・・私です・・・」


はあ。

水咽のため息。しばしの沈黙。



「・・・・・・・・・肋角さん」

「なんだ」
「・・・・・・父は、地獄のどこに落とされたのでしょうか?」
「・・・それを知ってどうする」
「・・・獄卒として、存在するために・・・憂いを絶とうって思いまして・・・」
「・・・」

複雑な気持ちだ。

こうして獄卒として存在するため、という言葉に喜びを感じる反面、覇気のない目の前の彼女に哀しみを感じている。

水咽はその黒い瞳で見上げて肋角の否応の返事を待っている。


肋角は、その瞳をじっと見つめ――――答えを出した。


「――・・・お前の父は生前、肉親の命を奪い呪具の盗み、死後では一族の命を奪った。故に無間地獄にいる。・・・そこは地獄の最下層。降りるのには閻魔の許可及びに2000年の時が必要になる」
「私にはまず許可されないですね。2000年もサボってたら怒られますし」
「そうだな・・・」
「あーあ」

水咽はごろりと床に転がった。癖のある髪が散らばる。

「肋角さん、ありがとうございます。もう吹っ切れました」
「・・・いいのか」
「何言ってるんですか。獄卒になりたいって言ったのは私ですし、それに・・・・・・・・・それに」

にょき。
なかった腕が伸びていく。

それに水咽がおかしく笑った。
笑顔がこちらに向く。泣きそうになりながらも笑っている。

少しだけ、頬が赤い。


「それに・・・・・・、家族はここにもいますし!」
「!」
「あーーーー恥ずかし。ねえ、肋角さん・・・」
「なんだ」
「今度みんなで飲みに行きましょう」


家族だからいいよね?
そう笑い続ける水咽をみて、肋角は肩を震わせ笑う。


「クククッ・・・お前は本当に・・・大した子だ」
「でしょー?」

「ああ。――だが、謹慎の後には反省文もあるからそれがすべて終わったらな」

「ええええー!」





「すぐ終わるさ。これから過ぎる時を見ればあっという間だ」





流れていた憂いは。

凝血した。