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「次は容赦しない!」




戦意喪失しない水咽へ、もう一度その金棒を。それを避ける。勝てない。

彼らの方が長く生き、腕を磨いてきたのだ、たった三年ぽっちの赤ん坊獄卒の水咽が適う相手ではない。


なら、逃げればいい。
戦わなければいい。


「!」


腕を犠牲にした。

谷裂の金棒を腕で受け止める。
肉と筋肉繊維がちぎれていく。骨が厭な音をたてる。そのまま抉られた腕は血をまき散らして地面に落ちた。

驚愕の顔を浮かべたのは谷裂と斬島。

谷裂を抜けて牽制から攻撃態勢にはいり鞘から刀を抜いた斬島だったが、視線をそらさずにニヤリと笑った水咽にピタリと動きを止めた。

谷裂がいるほうから一気に膨張する気配。怪異だ。


水咽の抉られた腕に群がった怪異が混ざり合い、血に籠る力を吸収し強大な存在となったのだ。

腕一本だ。
きっと強い怪異となったことだろう。

その証明に目の前の斬島は水咽を放置し背後の怪異へと走った。

今まで、札への力の注ぎに不慣れだった田噛がこちらを睨んだ。札が手から離れる。

不完全な札は、余分な精神を使うために失敗としたものだった。力を吸い取りすぎるのだ。そして隙間があり過ぎてそこから力が漏れてしまう。故に失敗とした。

その札を手放し結界を解いた訳。背後の怪異の集合体によりこの館ないにいた怪異が消えたのと、身の危険を感じ近寄らなくなったためだろう。伝う汗を袖でぬぐった田噛はその橙色の目を向けた。

「お前・・・いい加減にウゼェんだよ」
「う、ざく、て・・・結構っ!」

佐疫と。田噛と。最後に木舌。この三人を抜ければこの向こうに行ける。

貧血を起こしくらくらとする視界の中、一瞬意識が飛んだ時には、水咽は田噛にその身を踏みつけられていた。

痛みの反応が遅い。

衝撃に息がつまり、鈍い痛みがズキズキとやってきて思考が再びまわりだしたころには地面に転がっていた。



――――――立てない。



地面とこんにちわをしていた水咽が上へ目をむけると、踏みつけている足と、下を、水咽を冷たく見下ろしている田噛の顔。

どうにかしなければ、手に持っていた鎌の柄に力をいれた瞬間に谷裂の足がその手を踏み砕いた。

「すでに最終段階にはいった。時期に、仕事を終えた肋角さんが姿を現すだろう」

先程から断続的に聞こえてくる悲鳴はその最終段階ゆえか。

そう、水咽へと告げた谷裂を睨んだ。どうやっても動けない。けれど気持ちは母を守りたい一心で燃え上がり内側から身を焦がす。

身を振り絞る。拘束されていない部分は動けど体を起こせない。残る足で地面をける。けれど寝そべった状態で蹴ってもただズズッと砂利の音を響かせるだけ。

燃やされる。
心臓が燃やされ神経から熱が伝い脳を焦がす。

その熱に水咽は「あ゛あ゛あ゛!!」と声を荒げた。


冷静でない水咽はもがく。



「諦めろ」



冷たい田噛の言葉。

背後の怪異が悲鳴をあげた。空気が震え消失していく邪な気配。腕一本を喰らった怪異だったが、獄卒三人の相手となれば、一時間として時間を稼げはしなかった。

怪異を退治し終えた獄卒が水咽の視界にはいる。

冷静である獄卒達は彼女を、冷たくあるいは無感情に、見下ろしていた。


獄卒となり薄れかけていた人の感情が噴き出し、涙をこぼす。



泣いて、叫んで、暴れて。けれど一歩として近づけない扉の向こう。





その扉が、ゆっくりと―――――――開いた。


扉の先に立つのは、赤い瞳の上司、肋角だった。

彼も、また、
無感情で、水咽を。

水咽を焦がす思いは、とうとう臨界点を超えプツン、と切れた。




死でない空間。

暗く、足元に広がる波紋。



そこから目を覚ませば、冷たい石床の館の地下にある牢獄の中に転がっていた―――



「あ・・・あぁあぁぁぁ」

水咽は頭を抱えて、叫んだ。
母を守れなかった事。己自身がしでかしたこと。全部を混ぜた感情が爆せる。

わたしはなにがしたかったのか。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



水咽は叫んだ。