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まるで誘われてるようだった。何かに呼ばれてるようだった。

山の中にはいり、暗い森の中を迷うことなく歩いていく。闇にまぎれた怪異をその鎌で切り裂き、鎖で動きを止めて切り刻む。怪異の血を浴びるほどにその妙な高揚感が溢れ、酒を浴びるほどに飲んでるんじゃないかと錯覚するくらいだった。

水咽は口元が笑っているのに気付かない。ただ、おかあさんを母を助けるため、母のもとに行くためその足を進める。歩く。

邪な怪異や物の怪がより一層あつまる建物にたどり着く。そこから聞こえるのは、発砲音と高い金属音それと、平腹の猛る大きな声。

水咽はそれらの声を聞いて、足を止めた。ぐらりと揺らぐ頭を抱えた。

自分は何をしているんだろうか。

軍服はすべて血で染まり黒い。手も真っ赤だ。グチョリと頬に触れれば赤い。全部血だ。どうして己はこんなに血に塗れてしまっているのか。
どうして、こんな、まるで亡者のような事をしているのだろうか。
水咽はわからない。



―――守らないと。




その気持ちは今も変わらない。唯一の肉親である母を守るためここまで来た。けれど、そうじゃない。何かがおかしい。間違った所にパズルのピースを無理やりあてはめようとしてるような、似ているが間違っている。そんな。







「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」








地の底からの断末魔。

それはゾッとする声で、何重にも声が重なって聞こえる。それはこの山の中まで響き、震わせた。すくむ足を叱咤してまた走り出した。





建物に入ると物の怪や怪異の残骸があちこちに転がっている。血で塗れている。その奥、ひとつの扉を前にして先輩であり家族であり仲間である特務課の獄卒がいた。

平腹があちこち獣のように走り回り赤い液体で染まっているスコップを振り回している。
佐疫が拳銃でそれをフォローしていて、斬島と谷裂がひざをおり周囲に目を配らせている。

木舌は、その大きな斧をいつでも振れるように構えて扉の前で立っている。
田噛が、いつか水咽があげた札を手に持ち苦渋の表情を浮かべている。


皆が守っているその向こう。
そこに、母がいる。

そしてここに姿のない肋角がいる。水咽は目前に存在する母に会いたい、と焦がれ乱闘となっている中をかまわず駆け抜ける。

いち早く、水咽を視界にいれた斬島の驚愕の青い目と谷裂の忌々しげに思う紫の目。木舌も気づいた。あのいつもの余裕ありげな穏やかな顔に、眉間に皺がよって口は下がっている。

こっちに来るな。そう言っているようだった。


「あっ!水咽!おまえ、なんでここにいんだよ!!」


走り回り駆除していた平腹が目の前で止まった。息を荒くさせ汗を滲ませている彼だが、体力はまだまだ有り余っているようだ。
右側に佐疫のマシンガン音が炸裂。

足を止めた平腹と水咽へと襲い掛かってきた怪異を消滅させた。


彼らがいる扉の向こうで、また叫び声があがる。

水咽はその扉を突破する策など考える間もなく平腹の横を抜けて向かう。

佐疫の銃口がこちらに向いた。


「水咽!これ以上近づくなら、撃つ!」




「―――――う、るさいいい!!」



走る。銃口が火花で散った。ドドドドドドド。耳元で響く銃音を肝を冷やしながら聞く。寸ででマシンガンの軌道からずれる。それを追いかけ向きを変える佐疫は笑ってはいない。それでもいい。皆はあの先に行かせたくないのだ。水咽があの先にいる亡者を”助けようと”しているのだから。

彼らに助けてもらおうなんて思わない。亡者を捕縛し罪を償わせるのが彼らの仕事なのだから。そして水咽の仕事でもある。

今後の事なんて何も考えていない。

どんなに何を考えても大きな文字が、思考が”母を守らないと”という考えが頭の中をすべて埋め尽くすのだから。それの大きさに水咽は頭を抱えて叫びたい。泣きたい。泣き叫びたい。



”おかあさん!!”と。



「水咽、引き返せ!」
「いつまでも迷惑ばかりかけるな馬鹿女が!」

斬島がカナキリを構え、谷裂がその金棒の先をこちらに向けた。

これ以上近づけばきっと二人はあの水咽の作った失敗した札が囲む結界の外に飛び出してこちらへと向かってくるだろう。先輩である二人と水咽一人、どうやっても勝てない。それでも水咽は近づく。

谷裂の鋭い眼光、結界の外に飛び出し声をかけることもせずに金棒を振ってきた。
鎌で受け止める。力の差で勝てず金棒が鎌を弾き飛ばした。鎌を持っていた手が痺れる。斬島が飛び出してくる。鞘を抜こうとしない彼は見切りをつけた谷裂とは違いただ、扉へと近づけさせまいとしている。

青い目が合う。静かにこちらを見ているそこから”退け”の二文字がみえる。



いやだ。

いやだ。
いやだ。

いやだ。退かない。


水咽はもう片方に持っていた鎖を引っ張る。弾き飛ばされ地面に落ちた鎌がそれに引きずられ手元に戻ってくる。

「次は容赦しない!」