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「んぁ・・・」

水咽は誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。

更にバサバサになった髪を掻いて起き上がる。なんだかわからないがなんか役に立ったような気がするような気がしないような、と考えながら起き上がる。昨日の朝の時よりもすっきりした頭。大きく背伸びをしてシャツの上から軍服の袖を通して部屋から出る。

いつの間にか夕暮れで窓の外は黄昏色だった昨日はぐうたら過ごして、夜寝てそしたら夕刻とかどれだけ寝ていたんだ。ぐううと腹も鳴りキリカ達はもう帰っているかもしれないけど何か作っておいてくれてるかもしれないと食堂へと足を運ぶ。

廊下も静かで、食堂も静か。

己以外の獄卒はすべて任務でいない。館で一人しかいない。妙に寒い気持ちになる。今まで誰かしら館にいたのだ。それがいなくなってしまって寂しく感じるのだ。前日に言われた肋角の言葉を思い出して、寂しくてもさすがに泣きはしない!と頭を振り、厨房に足を踏み入れた。

大型冷蔵庫を開ける。幾つかの材料があって「水咽ちゃんへ」と書かれたメモ用紙と一緒におかずとごはんがラップに包まれているのがある。

さすがキリカさん!とそれを取り出し電子レンジにいれた。


いい匂いが次第に鼻腔に届く。

「んー、いい匂い」

醤油のいい匂い。チンの終わった皿からラップを外す。肉じゃがだ。熱いごはんと肉じゃがを持ってテーブルへ。一人となるとここは広いな。

「よし、いっただきま」

バサリ。カァ。
どこから入ってきたのか黒い鳥が飛んできた。目は額を全て覆うほどの一つ目。式神だった。

しかし上司である肋角は蝶の式神を使う。その他の獄卒たちもそれに習い蝶だ。目の前でかぁかぁないている鳥の式神は誰もつくらない。
誰のだ?水咽は首をかしげた。

「・・・わからん。お前は誰の式神だ?」
「カア」

式神の鳥の姿が解除されて、式神となっていた黒い封筒だけがそこに残された。なんだこれは。キョロキョロと周りを見渡しても誰もいない。悪い気配はしないので悪霊などの類ではないのだが、と恐る恐るそれを手にとった。

封を切り、中身を取り出す。

そこには一枚だけ紙が入っていた。宛先名もなにもわからない。みつ折りになっている紙を開く。一番上には”最重要任務”と書かれた文字。肋角さんが昨日言っていた任務のことだろうか。なぜ資料が水咽宛に届いたのだろうか。

視線を下に移して内容を視た。


「っ」



見たことのある写真。名前。履歴。そこに書かれている己自身の事。頭が真っ白になってなにも考えられない。

呼吸をするのも忘れてただただその用紙を何度も何度も確かめた。
これが夢であればいい。読み間違えであればいいと。

短く息を吐いた。手は震えている。口から言葉にならない叫びが漏れそうだった。
そして、なぜ肋角さんが、居残りを命じたのか理解した。

泣きたかった。胸が苦しい。肋角さんを浮かべるとどうして、なぜ、と怒りがこみ上げてくる。報告でよった執務室にいた獄卒達。彼らはあの時点で知っていたのだ。
知っていて黙っていた。

ああ。
黙っていたんだ。


ゆっくりと椅子から立ち上がる。


だまってたんだ。


「い、か、なきゃ・・・」



父が浮かぶ。今は地獄にいる父。いつの間にか死んでいた父。守れなかった父。あああ。あああ。守れなかった。行かなきゃ。行かなければならない。守らないと。最後の、唯一残された家族を。母を。母を。たとえ悪霊だったとしてもそれでも、母の意志で犯したわけじゃない。なのに、魂が消滅されるなんて許さない。

そんなの、嫌だ。

魂が消滅したら二度と会うこともできない。二度と、生まれ変わることもできない。無だ。無になってしまう。そうなったら。そうなったら、そうなったらそうなったら!

おかあさん

「は、やく・・・!!」


ガチャン!

食器が落ちても気にしないそんなの気にしてられない。水咽は部屋に戻り武器を手に取る。勉強中でうまくかけなくて不完全の御札を手に取り懐にしまう。部屋を飛び出した。廊下を走り、館の玄関の扉を開ける。現世への道を開けた。そこに飛び込む。

なるべく近い地点で現世で穴を開けたのだが何故か少し遠くにでる。だがここからでもわかる怪異の異常な数に、こいつらが原因かと舌打ちした。水咽に気づいた怪異がわらった。

鎖鎌を投げて切る。


「うるさい・・・」

走る。現世はすっかり夜でけれど怪異達で夜空は真っ暗で何も見えない。あの山の中に彼ら獄卒はいるはずだ、と走るも、いつまでも近づいている気がしない。しかし母を助けようと必死になってる水咽はそれに気づくことなく汗をこぼしながら走り続ける。

走れば走るほど焦りはつのりいらだちに唇を噛む。血がにじむ。

「あああああああ!!」

力任せに鎖鎌で壁を切った。コンクリの壁が破壊される。鎖の先についた鉄球を地面に叩きつける。そうやったって現状を打開できるわけなどないのにそうしないとこのこみ上げる怒りと焦りに飲み込まれてしまいそうで。


「――・・・守らないと。守らないと守らないと守らないとおかあさん・・・おかあさん!」

くらりと視界が歪む。平衡感覚が失いよろめく。体調が悪くなったからじゃない。血がのぼりすぎたからでもない。まるで夢のような浮遊感。けれど思考だけはしっかしとそこにたっていて。鎌を投げる。ひとつの電柱とのあいだの隙間を通った鎌は何かに刺さり宙でとまる。

それを引っ張った。見えなかった黒い影が鎌にひきずられズズズズと出てくる。

水咽は牙を剥く。

「お前か。邪魔したの。・・・ころしてやる」

そのまま鎖を引っ張り手前に転がす。逃げようともがくそれだが、鉄球に張り付けた札の効果で逃げることができない。まだ不完全だがそれでもこうやって効果は発揮できる。鎌を振り上げ刃を突き刺す。突き刺す。突き刺す。突き刺す。

突き刺して、突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して突き刺して!



赤黒い血が全身に染み込んでいる。


それが妙に、いい。
なんだろうか、これは。



「・・・」

走り出す。

先程と違ってループすることはなかった。