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「では留守の間よろしく頼んだぞ」

そう肋角さんは、獄卒達をつれて館を出ていった。チュンチュンと雀の鳴き声が外から聞こえる。

昨日夕飯を食べに行ったはずがいつの間にか酒に手を伸ばしていた木舌犯人により深夜まで食べていたのだ。佐疫も珍しく飲んでいて朝二日酔いの薬を飲んでいた。
なのにあの木舌の爽やかな顔。憎らしい。

水咽自身もこんなに眠気とまだ残っているアルコールでクラっとしているというのに。

館の番をしていろと言われたが、警護をしろとかそういうわけではなくただなるべく館にいてくれ、という事なだけ。そう判断した水咽はもう一度寝よう!と静かな館内で声をあげて階段を上っていった。









場所はうつり、肋角含めた獄卒六人は獄都を抜け現世の地へとおりていた。彼らの姿は誰にも見えず、生者のサラリーマンは彼らを通り抜けた。

かれら獄卒が向かう先はある呪術が行われた地。この人気のない街を抜けた先にある山。その奥に隠れるように建てられた施設がある。とある呪いの一族が立てたその施設は”死んでることにされている”複数の女を集め薬物投与そして催眠により理性を一時的に失わせひとつの逃げられない大きな部屋に収納し飢えと薬物による依存症に悶え苦しみながら食い殺しあわせる。それはもはや人間の所業ではない。醜い欲に取り憑かれた悪鬼共の所業だった。

それによって生き残った女は、生きながらの呪具となり―――短い寿命を迎え死んだ。

その女の亡霊がその施設にいる。
肋角たちに与えられた任務は、その女の魂を消滅させること。

人で行われた呪術。それによって生まれた呪いの存在の威力は土地を穢し不浄なるものを集めこの日の本に近いうちに多大な災害を呼び起こすだろう。

そうなる前に魂を消滅させ、安寧を取り戻さねばならない。

肋角率いる獄卒のひとりである佐疫は歩む中で今回の任務に関しての説明を思い出していた。

水咽以外が集められた任務の説明を。






「私達に重要な任務がおりてきた」

肋角の和紙で作られた蝶の式神が佐疫のところにきた。受け取り読み取った伝言は水咽外す獄卒全員召集だった。この夕刻の時間帯ではほとんどが館に戻ってきているだろうし水咽以外はいたはずだ。佐疫は身近にいる者から声をかけて館中を走り回った。そして集められた獄卒。

煙をゆらりと揺らしている煙管を置いた肋角は一枚の封筒を見せた。

そこには”最重要任務”と赤く判子で押された封筒。滅多にないそれにその場の全員が息を呑んだ。


「最重要任務のためこの資料もこれ一枚のみ。情報漏えいを防ぐため私が自ら持つ。内容は――亡者の魂の消滅。とある生者の呪術の家系により呪具となった亡者がいるらしい。輪廻に戻ることは既に不可能。このまま放っておけば多大な災害を引き起こすだろう」

肋角の赤い目が獄卒たちを見る。

「資料を回す。それを読み頭に叩き込め。それと、読めばわかるが水咽には何も言わないようにしろ」

最後の言葉に誰もが疑問を感じた。そして肋角の手から資料が離れ一番近くにいた谷裂に渡される。

それを読み始めた谷裂の表情が苦渋へと変わった。いったい何が書かれているんだ。
谷裂から木舌へ。木舌はその朗らかな顔を崩し陰りがさす。
木舌から平腹へ。

「ふぉ?なんか誰かににてんなー!」

先の二人の表情は何かしらの意味が含まれているわけだが平腹は理解できなかったのか首をかしげてうーんと考えているそうしている間に隣の田噛に資料を奪われる。

だるそうな目が資料を通して、その半目が見開かれた。眉間に皺がよりめんどくさいを強調している顔が珍しく難しい顔に。舌打ちをした田噛が斬島へとそれを渡した。

一番表情の薄い斬島は資料内容を目で追う。

「これは・・・」

重々しく呟いた言葉。そこで口を閉ざしてしまった。最後の位置にいる佐疫へと無言で手渡された。佐疫は紙を手に取る。目に映る資料内容が脳へと情報としておくられる。

佐疫は絶句した。

ここにはいない獄卒に似た女の写真が貼ってある。その隣に名前と生年月日。亡者の生前の人生に含まれ書かれている家族の、情報に。

水咽の。生前だとつかさという名だったがそれがここに刻まれていた。父は亡者となり地獄に。娘は怪異によって食い殺され現在は”水咽”という契約名で獄卒に――。

そんなまさか。そんな。こんなことが起きるとは思いもしなかった佐疫は血の気がひいていく。全員召集がかけられたのに何故水咽だけかけられなかったのか、何故上司が水咽には何も話すなと言ったのか。

その意味は理由はすべてここにあったのだ。


佐疫は震える手で肋角へと資料を返した。



沈黙。



「水咽は獄卒だがまだ人間の感情が色濃くある。並びに生前に、悪霊となった父を獄卒から守ろうとした。恐らく・・・水咽に知れれば阻止しようともがくだろう。だから、知らせるな。いいな」
「しかし肋角さん率いる獄卒全員で、と書かれていましたが・・・」

紫が揺らぐ瞳で肋角の手に戻った資料をみていう。肋角も頷いた。

「ああ。だが、しかし先程も言ったように・・・人間の感情を色濃く残す水咽には難しいだろう。何より・・・己の産みの母親だ。荷が重すぎる」

谷裂と肋角の会話に入り込むノックの音。
ピタリと声がとまり痛い静寂に包まれる。

「あー、水咽です。任務の報告にきたんですけど・・・」
「――ああ、入れ」
「はーい・・・?」

扉を開けて入ってくる水咽は目の前の面子に目をパチパチとして驚いていた。きっとそれぞれの心情を持ちながら水咽へと視線を向けてくる仲間が奇妙で仕方ないのだろう。

そしてこの中にいる水咽を外した全員が”水咽に任務内容”を知らせてはならないと思ったはず。佐疫も思ってしまい表情を無意識に固くしていた。


彼女のいつものだらけて気の抜けた顔。

今からその目の前の存在の母である存在をこの世あの世全ての空間から消滅させにいくのだと思うと胸が痛んだ。







「・・・」
どんなに胸が痛んでも、任務と一人の仲間の心を天秤にかければどうやっても任務に偏るところが人の情をなくした自身たちだ。

道はもはや獣道。山に足を踏み入れたあたりから異様な空気に包まれている。動物の声は一切聞こえない。風も吹かない。虫の音もない。時が止まってしまったかのような静寂。

だが、その中ではっきりと感じられるこの世ならざる者たちが蠢く気配。
異様な力に引きずられやってきた怪異達の気配があちらこちらから感じられる。それでも姿を見せないのはわれらが獄卒であり、その中でも一番強い肋角が先頭を歩いているからだろう。

木々の合間から自然にものでない建物が覗いた。それが目にはいった途端鳥肌がぶわぁっとたった。あそこにいる。そう直感が告げた。ここにいる誰もがそう思うだろう。あの建物を目に映すだけでこうまでも騒ぐのだ。得体のしれない何かが、力があそこに。

恐怖、興奮、嬉々、それらが混ざり合いどう表現していいのかわからない感情がうずを巻く。

「――ここから先、力に魅了され寄ってきた怪異がたくさんいるだろう。そして対象の悪霊の力は強く獄卒といえど一筋縄ではいかないはず。決して気をぬくなよお前ら」

肋角さんの声に一同は姿勢を改めぴしりと決める。佐疫含むどの獄卒の目も真剣そのもの。

「悪霊の相手は俺がする。平腹、木舌、谷裂、斬島は寄ってくる怪異を存分に蹴散らせ。田噛、佐疫は三人の補助だ」
「「「「「「はい!」」」」」」
「ぬかるなよ」

肋角さんが速度を早めた。
佐疫たち獄卒もそれに続き速度を早め走り出す。建物の中にはいれば怪異によって黒く染められていた。肋角さんは悪霊のいる中心核へと怪異を蹴散らしながら進んでいく。それに続き佐疫は外套から取り出したマシンガンで周囲の怪異へと弾丸を飛ばし、田噛もツルハシで肋角を追いかけようとする怪異を切り裂く。

平腹、木舌、谷裂、斬島の四人が周辺に散らばりそれぞれの武器で蠢く怪異達を排除していった。

排除してもしても湧いてくる怪異。元凶である悪霊をどうにかしない限りきっとこの怪異達が無限の如く湧き続けてくるだろう。奥へと姿を消した肋角さん。その先に怪異を入れないように進ませないように田噛が動き回り、佐疫は発泡し続ける。

さて、いつになればこれは終わるのか。
最重要任務にお似合いの極限の戦いだ。動き続けなければ湧いてくる怪異。体力が続くかどうかはわからない。それでもこの先にいった上司が事を終えるまでは耐えなければならない。

マシンガンの弾丸をすり抜けて佐疫のそばまでやってきた怪異が牙を剥く。佐疫は小型銃を取り出しその口へと発砲。殺傷能力が低くともこれだけ身近で口へと喰らえば排除ができる。背後から飛び込んできた怪異。グリップで殴り飛ばす。視野にはいった平腹。

大型の怪異に身を絡め取られそうになっているのが見え咄嗟にマシンガンをそちらに向ける。狙いを定め発砲。ババババババ!と発砲音と振動が腕に響き、平腹を襲っていた怪異が霧散。

黄色の目がこっちを見て、笑った。

「さんきゅー!」

返事は返さない。代わりに口に笑みを浮かべまた蠢く怪異達へと発泡していく。

「佐疫、このままだと体力もたねえぞ」
「うん、そうだね。だけどここを離れるわけにもいかない」

今はまだいいが、そのうち体力が尽きて動けなくなるだろう。だからといってやめるわけにもいかない。さて、どうしたものかと考えていた佐疫へと田噛が紙を渡した。

「これ・・・、御札?どうしたのこれ」
「前に水咽が呪術を勉強してる時にもらった。不完全な札だから要らないってな。いざというとき使えそうだろ」
「確かに・・・。体力が切れそうになったらこれを貼って休憩しよう。少しの間なら怪異の侵入を防げる」
「ああ」

ツルハシが怪異を貫く。




まだまだ、任務は終わりそうにない。