3-1





上から任務がくだった。
最重要任務と赤く書かれたその紙。
ペーパーナイフで封を切り中の紙を取り出し開いた。任務内容は。

「―――――魂の・・・破壊」


人間は死ぬと亡者となり地獄で罪を償うことにより輪廻の廻りへと戻る。亡者が地獄へと行かないのであれば獄卒が案内人として現れ、生者に害をなし悪霊となるのであれば魂が消えない程度に痛めつけ捕縛し連れて行く。

本来の魂の道筋を邪魔する怪異が現れればそれを退治に。地獄での罪人への痛めつけに人が足りなければそこへ。

肋角率いる獄卒達はそのような万事屋のような仕事内容だ。


そしてそれら地獄の存在として数少ない仕事がある。滅多にない仕事であり、滅多にあってはならない仕事。この館に集う獄卒の誰よりも長く生きてきた肋角でさえ滅多に出会わない任務。

それが、今日、任務として渡されたのだ。

魂の破壊。

つまりその魂は輪廻に戻れなくなり存在が消える。

例をあげれば水咽がこれに近いものだ。魂は完全に穢され浄化ができない。それがそのまま存在、形を持っていることは世界に魂の流れにかならず悪影響をもたらす。

きっと水咽を獄卒としなかったならば今手に持っている任務遂行依頼には彼女の名が刻まれていただろう。

用紙に刻まれた名前に肋角は苦い気持ちになる。いつか遠くない未来に来るとは思っていた。だが早すぎた。一番若い部下の水咽が浮かんだ。まだまだ人間味が残り感情も強く、生前の記憶も強く残っている。特に身内に愛された彼女にとってこれほど酷な任務はない。

「・・・・・・仕方ないか」

肋角は一枚の和紙を取り出し宙に投げた。ヒラリと舞った和紙は泳ぐかのように動き蝶の形に変わる。そして部屋を出ていった。式神となった和紙は佐疫の元へ。そしてここの館に属する獄卒全てに集収命令が行き届くだろう。

水咽を除いて。













「どいてどいてー」

ヒュンヒュンと空気を切る音。
三年も使えばもう体の一部のように扱えるようになった鎖鎌を振り回し邪魔をしてくる怪異を切って散らす。今日の任務は霊力をもった亡者が怪異に囚われているらしくそれの解放だ。

力を持つ存在は美味しい餌だ。

それは水咽自身もそうなのでわかる。獄卒となりあの世の住人となった今だってそうだ。生者の時のように血一滴で大きな力を与えてしまう事はなくなったが、それでもそれなりの血や肉を喰まれれば相手は強くなってしまう。それで何度か任務を失敗して先輩方の獄卒達に尻拭いをさせてしまったことがある。

すんごい怒られた。怪我をするなとも。怪我をしないようにするためには視野を広く持ち反射神経をよくしなければならない。つまり谷裂風に言えば強くなれ、だった。

怪異を散らし、奥へと進む。おやつの時間のような芳しい匂い。怪異もそれが匂う先へと行こうとしている。その先に例の亡者がとらわれているのだろう。水咽の存在に気づいた弱い怪異が逃げる。そうだもっと逃げろむしろ全部逃げろその方が楽だ。

「あー、あれかな」

黒い影から微かに覗く姿。茶色い髪の女の子だ。目尻を赤くしながら恐怖の顔を浮かべている。怪異の伸びる腕に引っ張られ引っ掻かれ血でまみれている。

とりあえず亡者なので死ぬことはないが、魂が許容できる以上の攻撃をされてしまえば最悪消滅してしまう。

そうなったら大変だ。

詳しくは聞いていないけど魂の消滅は輪廻の廻りに影響を与えるのだとかで消滅するためには許可がどーのこーのっていつか佐疫が教えてくれた。

ましては任務内容は亡者確保なのでそうなってしまったらどんな恐ろしいお咎めがあるか。

ブンブンと振り回していた鎌の柄を握り怪異の群れに飛び込む。泣いている亡者と襲っている怪異の間に入り込み目前の怪異へと刃を振り下ろす。真っ二つに切れた怪異は霧散。亡者の手を握ってやりその場から走った。

「嫌!どこに・・・いくの!」
「安全な場所!」

力のある亡者を諦めきれない怪異がこちらを追ってくる。このまま穴に飛び込み獄都に戻ってもいいが突然の出来事に亡者の頭がついてこないというのはあまり好きではない。

他の獄卒達は亡者がどんなに納得してなかろうが連れて行く。
それでもいいのだけれど納得したほうがすんなりと行くこともある。

もちろん、悪霊となってしまった亡者に納得はあまり効果はないけれど。

もつれて倒れそうになった亡者。鎌を腰に下げ直して亡者を持ち上げた。

「とりあえずあの背後から迫る怪異よりかは怪しくないから!」
「よりかってことは結局怪しいの!?」

意外と元気みたいだ。
走って逃げる。次第に怪異は追ってこなくなり安全を確認した水咽は亡者を下ろす。そこで自分が獄卒という地獄の生き物であることと、亡者である貴女の冥府の道案内人としてやってきたことを告げれば少しさみしい顔をした亡者は納得してくれた。

「あたし、霊感が強くて・・・親によく思われてなかった。友達もいなくて、けど死ぬつもりはなかった」
「うん」
「けれど死んじゃって。親はどんな顔してるのかなってそしたら泣いててさ、笑ってたら復讐でもしてやろうって思ってたんだけど」
「親もきっと、どうすればいいのかわかんなかったんだろうな。きっと来世じゃあ親とも仲良しだ。行こう。この世にさよならだ」
「・・・はい」

開いた穴を開く。この先は館ではなく、連れてきた亡者や悪霊を引き渡す施設前にでる。しっかりとその手を握ってやってくぐった。背後の現世が薄くなっていく。


「それであの世にこんにちわは」





―――そうして無事に任務完了した水咽は背伸びをして館へと戻っていくのだった。