―――そこからも大変だった。 回復し再生した水咽が目を覚ますと暴れだすのだ。 笑いながら楽しそうにころすころす、そう言いながら誰彼かまわず首を締めようと襲ってきたのだ。 覚めるのを待っていた佐疫を襲い伸し掛かり首を締める水咽。様子を見に来た田噛と平腹により佐疫は死ぬことはなかったが、水咽が死してなおこの狂った様子に最悪だ、と口を零した。 「呪術をかけた悪霊には逃げられて、水咽は呪術で狂ってる・・・。死んでも治らない・・・最悪だよ」 田噛によって死に沈められた水咽。 縄でベッドに縛り付け拘束した田噛と平腹は溜息を吐いて頭をたれている佐疫を一瞥した。相当まいっているようで力なく座り込んでしまっている。 田噛は佐疫ほどではないが確かに最悪だな、と水咽をみた。獄卒という不死身の身体は怪我をすれば再生する。毒なども死ねば大抵は治る。だが、今回のは治らなかった。呪いをかけられた水咽は死んでもなおその呪いは続き、壊れた存在となっている。 その呪いをとかない限り水咽はなおらない。呪いを解くことができるかどうかも怪しいが。 平腹もいつもの笑顔でなく、真剣な顔で水咽をじっとみている。こいつもちゃんと空気読むんだな、そう相棒の新たな一面を見つけた田噛は、水咽をまたみる。 ビクリ!と震え死から蘇った水咽。とたんに笑いだす始末。 起き上がれない水咽は縄に締め付けられながら動き出そうとする。ころす。ころす。ころす。そう叫びながら。首だけが起き上がり目の前にいる平腹へところす。ころす。叫び笑い見る。ボサボサの髪が揺れて首筋がみえた。 「!平腹、そいつの頭固定しろ」 「・・・ほ?」 「はやく!」 田噛の言葉に平腹が動く。暴れる頭をガシリと両手ではさみ掴んだ。完全に固定された水咽は接触してきた平腹にころすころすころすころす、と言い続ける。それに平腹がすこしばかし口を歪めたのもまた珍しい。動けない水咽の髪を避ける。制服のボタンを二つほど外し首筋を外気に晒した。 そこには黒いウロコの模様で首輪のように輪を描いた痣。こんなものは任務前にはなかったものだ。 「これか・・・」 「?なにが?なにが?」 「黙って抑えてろ。佐疫!」 しゃがみこんで落ち込んでいる佐疫を呼ぶ。力なく「どうしたの?」と近寄ってきた佐疫にその痣を見せると険しい顔をして田噛と同じ考えを口に出す。 「・・・これが呪術の元?」 「多分な」 これによって水咽がこうなっているのだとすると、剥げばいいのかもしれない。印のつけられたそこの皮を剥ぎ捨てればかけられた呪いが解ける。田噛は試しにナイフを取り出し首にそれを当てた。サクリと刃の先が肌に差込み血がこぼれる。 「田噛、なにしてんだよ!」 「だから黙って抑えてろ。手元が狂うとまた殺す羽目になる」 「・・・わかった」 急に水咽の首にナイフを刺した相棒に怒りの声をあげた平腹。同じように怒りの声を出した田噛の言葉に助けようとしているのだと分かり黙る。佐疫も黙っていた。 差し込んだ部分が皮膚をなぞり切っていく。そのあいだも動けない水咽が笑い続ける。 揺れる喉に慎重になる田噛だったがある程度切り込みを入れ終わり、最初に刺した皮を掴んで引っ張る。ブチブチと剥がれていく皮膚。筋肉とつながっていた皮が伸びて離れていく。 溢れる血は首筋をベッドを赤く染め田噛の手も赤く染めていく。 皮が剥がれるに連れて笑っていた水咽がだんだんと苦痛の表情へと代わり「あ”」と声を漏らす。ころす、という言葉の代わりに涙がボロボロとこぼれた。 「田噛!佐疫!水咽が!」 明らかに呪いが解けかかっているそれに平腹が嬉々として笑みを零す。 それに短い返事を返しながら首の後ろの皮をも剥がし最後にピンッと引っ張りその痣のあった皮をとった。 水咽がむせる。 苦しそうに咳を繰り返し炭のような黒い血を吐き出した。 それがジュワっと蒸発して消えていく。 暴れていた身体は脱力した。大丈夫だろうと判断した田噛はナイフで縄をきる。剥ぎ取った皮の痣が動き出したがそれも先ほどの黒い血と同様に蒸発し消えていった。 「水咽!大丈夫か?!」 「―――・・・ぅぁ・・・あ・・・ひら、はらぁ・・・っ」 「!!?」 呪術をかけられ狂った水咽。呪いが解けた水咽はそれがそうとう怖かったらしく涙をあふれさせ目の前で馬乗りにして抑えていた平腹へと抱きついた。その胸元に顔をうずめ背中に手を回して嗚咽をもらし泣き続ける水咽。 それに硬直してしまい動けない平腹がギギギと田噛に顔を向けてどうにかして!と無言の救助を送った。 「めんどくせえ」 「!」 「―ははっ・・・、よかったあ。水咽、」 「ぁぁ・・・ひっく・・・佐疫、佐疫ぃ・・・」 水咽に手を伸ばせば平腹から佐疫へと抱きつく。 解放された平腹が急いで退くと水咽はベッドから身を下ろし佐疫へ首に手を回し肩に顔を埋める。 水咽の身体が震えている。 佐疫も抱きしめよしよし、と背中を優しくさする。血が服につこうが鼻水がしみこもうが構わなかった。 「怖かった・・・こわっ・・・怖かった・・・」 「うん・・・もう大丈夫だよ」 「みっ、みんながみんながころっ、ころされ、殺されて!それで、あのっあのっ悪霊を捕まえようとした、ら・・・生き返ったみ、みんなに殺されそう、になって・・・」 「・・・、」 泣きながらしゃべりだす水咽。怖かった。怖かった。と。 仲間を殺されてそれでもその悪霊を捕縛しようとしたら生き返った仲間が私を殺しにかかってくる。その理由がわからなくてやめて!仲間じゃないの?と叫ぶけれど帰ってきた言葉は、否定の言葉だった、と。仲間じゃない。お前は違う。家族じゃない。汚い。穢れたお前は要らない。いらないんだと。後から現れた肋角さんに助けを求めようと手を伸ばした。それを振り払われた。穢れた魂はやはり消し去るべきだ、そういう。足元が崩れる感覚。目の前が真っ暗になる気持ち。 気がつけば悪霊に手をひかれて逃げていた。追いかけてくる仲間だった人たち。絶望の二文字だけを背負って悪霊の導くまま着いた暗い箱の中。黒い箱の中。中に入れば首に輪をはめられた。絶望しかない中それでも逃げようとすがった悪霊の手から絶望を渡されたのだ。身動きの取れない中でお前は穢れてる。だから誰も愛さないし愛せない。きたない。きたない。おまえはきたない。穢れた親から生まれ穢れた血を流れて生まれてきた哀れな存在。お前は人間になれない。獄卒という存在にもなれない。けがれているから。汚いものは捨てるしかない。中も外もすべて汚れているお前は捨てるしかない。かわいそうに。かわいそうに。かわいそうに。 かわいそうに。 「水咽・・・」 「・・・水咽、もう喋んな」 「かわいそうって、かわいそうって汚いから汚い汚いって!それで、それで、それから、暗い中一人にされてずっとずっと一人にされてずっと悪い言葉が浮かんでて泣いても喚いても誰もいなくてそれが当たり前なんだって汚いから、汚いから・・・!当たり前なんだって・・・!けど身動きもとれなくてころせなくて、ころせないのもなんか変で当たり前なんだっておかしくておかしくて・・・!」 「喋んなっつってんだよ!」 水咽の怒声。 ビクリと身を震わせやっと口を閉じた水咽。 震えは止まらない。 「・・・おれたちは仲間だよ。家族なんだ。なのに、捨てるわけない。そんな酷い言葉いわない」 「・・・」 「今、肋角さんがその悪霊を捕まえにいってる。他の獄卒たちも水咽を心配してる。そんな奴らが、そんな酷い言葉いうと思う?」 「・・・・・・」 首を横に振った。 恐怖と不安で押しつぶされそうになっている水咽。それでも佐疫の言葉は届いている。 ただ怖くて、これさえも己を絶望に叩き落とすための幻なのではないかと震えている。これが現実で、水咽を嫌うものなどだれもいないんだと伝えなければならない。 「水咽はかわいい後輩で、妹。おれたちが嫌う理由はないよ。田噛や平腹だってそうだよ。ね」 「あったりまえだろー!女っけねーけど、そんぐらいで嫌いになんてなんねーよ」 「・・・嫌いだったらここにいねえな」 「ほらね」 「・・・・・・う、ん」 ぎこちなく笑みをみせる水咽。それでいい、と佐疫はまた抱きしめた。 不安や恐怖に負けてはいけない。獄卒は死なないからそれらに負けてしまえば壊れてしまう。それが獄卒の死だ。そうなってはいけない。 だから、こうしてぎこちない微笑みを見せた水咽は強くなる。きっと強くなる。 「――さあ、他の獄卒達に会いに行こう。斬島なんか特に落ち込んでいたからね」 「お前もそうとう落ち込んでたくせに」 「田噛うるさいよ」 「おっしゃー、行こうぜ!」 四人で外にでる。 谷裂が心配をしていた。言葉は相変わらず厳しいものだったけれどそれに刺はなかった。 木舌にあった。酒好きの彼は酒を飲んでいたがいつもよりも量が少なくて水咽の心配ばかりして飲めなかったと、無事に治ってくれてよかったと抱きしめて撫でてくれた。 精神統一をしているのか正座したまま瞑想していた斬島。水咽の元気な姿を見た彼はその真面目な顔を緩ませ深く謝罪をしてきた。水咽も余計な事をしてしまったと深い謝罪を返し合っていて視ている側はとても面白かった。 ―――それからしばらくして肋角が戻ってきた。 制服が少しばかし血が染み込んでいたが怪我はなかった。 「肋角、さん・・・」 「水咽。初任務で辛い思いをさせたな」 首をふる。肋角さんのせいじゃない。そう口に小さくだして肋角さんにしがみつく。 落ち着いて引っ込んでいた涙がまた溢れて肋角の服をぬらす。肋角は水咽の頭を撫でて抱き上げた。身長差のある二人では周囲から見れば親と子ぐらいの差があった。 「あの悪霊は懲らしめておいた。お前に嫌なことを散々吹き込んだようだが・・・信じるべきは悪霊よりも俺達だ。そうだろ水咽」 「―――はいっ・・・」 「よし」 もう一度抱擁し、水咽を下ろす。 泣いてはいたが、顔をあげてみせたその笑顔に肋角も一緒についてきた田噛、佐疫、平腹も一緒に笑みを零すのだった。 |