脚立に座っていた肋角さんだったが立ち上がる。2メートル近い身長を持つ上司は平均よりやや下の身長しかない私よりもはるかに高い。上から見下ろす顔には影ができて赤い目は光っている。 「・・・少し、躾けるか」 「ひっ・・・」 「水咽。お前は俺にどう、躾けられたい?」 大きな手が私の髪をなでる。 「痛みか」 「・・・!」 髪をなでおろした手が首をグッとわしつかんだ。 と思うと力が一気に抜けて人差し指が鎖骨から下へ。制服のボタンが弾いていき胸元が開いてあらわになっていく。 「快楽か」 双房が覗きその形をなぞっていく。 私はその目から離せない。口を開けるのも重々しくてできない。息をするのも辛い。冷や汗がどっと溢れる。肋角さんがニィと笑った。 「二度目はないと思え」 「ひ、あ、はい・・・」 重々しい空気から解放された私は本棚を背に座り込んでしまった。緊張の糸がいっきり緩み腰が動かない。この歳で腰抜かすなんて思いもしなかった。しかも目と空気の重さだけで。それだけ肋角さんはとてもとても強いんだということがわかった。 資料室から出て行った肋角さん。 開けっ放しの扉から私の姿を見つけた谷裂が地の底からの声を搾り出し入ってきた。 「あ、」 扉もしめられ二人きりの空間となった。 腰たてないのに。 「覚悟はできてるだろうな?」 「で、できてませんごめんなひゃ」 目の前で金棒が振られ刺っぽいのが頬に当たったなーっておもった瞬間真っ暗になった。 獄卒となって死んだ。けどこれはすぐに生き返る。そのあいだの世界なんだろう。そこは真っ暗で何もなくてそこでしゃべることもできず静かにたち続ける。動くこともできず、ただ考えることしかできない世界。 ここはどこか。 死後の世界とはまた別の。何か。 足元の闇に波紋が広がり水音が聞こえる。 脈打つ音が聞こえて体が透けて消えていく。 真っ暗闇となり激痛にいたいと声をだした。目が開いた。 心配そうにみているのは佐疫。 私は何をしていたのか、起き上がれば血まみれの資料室。頭がすんごい痛いのは脳ミソがまだはみ出しているからだ。うわお。なんてグロテスク。 「大丈夫水咽?」 「始めての死ってアレですね、大人の階段のぼる少女みたいですね」 「そう。それでね、水咽―――」 修復していく頭。それなのに思考も感情も言葉もきちんと使えてるのはすごいな、あ。 胸に押し付けられた冷たい感触。佐疫は笑顔だ。胸元を見れば拳銃だ。銃口がちょうど心臓のところにあてられてる。 あれ。おかしいな、佐疫さん? 「休憩室の花、潰したの水咽だよね?」 「あ、え、その、・・・ごめんなさい」 「うん。許さない。もういっかい死んでおいで」 バン! 心臓に発射された弾。重い衝撃と熱さと痛みに顔を顰めてまた真っ暗闇のあの世界へと落ちていった。 無音。無。そこは無。私は透けて音を拾う。感覚をひろう。 目の前には佐疫さん。 笑顔だった。 「お帰り水咽。あと五回ね。死んでおいで」 「っ・・・!」 バン。 無。無無むむむむむむむ。 波紋。痛み。血の匂い。気持ちが悪い。 目の前には笑顔。 「もういっかい」 「あっ、」 無。 痛い。虚しい。 目を覚ます。血。 笑顔。 「もういっかい」 血。無。銃弾。 痛い。 笑顔。 「もういっかい」 「う、」 無。波紋。透明。 笑顔。怖い。 「もういっかい」 ズドン。 心臓。無。無。 覚醒。再生。 笑顔。 「最後」 「んぐ」 穴だらけの心臓に銃口を強く押し当てられ中にねじ込まれる。そこへ火花と共に銃弾が打ち込まれる。 無。 再生。 目の前の笑顔。 とても爽やかな笑顔が。 「涎たれてるよ、水咽?大丈夫?」 「―――はっ・・・あはあ、ごめんなさい」 佐疫の指が涎をすくう。 そしてうん、と笑顔で私の涙を拭ってくれた。 もう、佐疫の大事なもの壊さないように死守しよう・・・。 これ、本当に、きつい。 肋角さんと同じように、きつい。 私は二度とこのような目にあわないように佐疫のものは壊さないように、仕事はサボらないように誓った。 |