休憩室に乱暴に入ってきた私に「こら」と口を尖らせるのは佐疫。 手には小さなジョウロを持っていて窓際にある植木鉢に水をこぼしている最中だった。 「水咽はいたずらがすぎるよ」 「今回はなあんもしてません。書類渡しただけです。佐疫もどうぞ」 書類を渡す。 ジョウロを置いて彼はそれを受け取ってくれた。そのままついでにソファーに座り込んで大きく息を吐き出す。 「佐疫といるともう、ほんとうに、落ち着けます。すんごい落ち着きます。癒しです」 「何言ってるのさ水咽。おれ達から見たら君のほうが癒しなんだよ?」 「うっそん。田噛は完璧私の事パシリだと思ってるし平腹なんて女っけが欲しいって変態ちっくな事言ってたし谷裂はちょーっと敬語やめるとすんごい怒るし木舌は死体だし・・・」 なんなのあいつら。雑用係さ。確かに雑用係よ?けど個人個人が引き起こしたことまで面倒見てられないわ。 普通に掃除して体鍛えてそれだけの仕事のはずなのに気がつけばあれやってこれやってよろしく!なんてへんじゃないっすかね。 「その分斬島さんなんて手伝ってくれますよ!佐疫さんなんて厄介な事をこっちに投げるってこともしないしこうやって話聞いてくれるし・・・二人の爪垢をあいつらの口に放り込みたい!」 それで綺麗な田噛や綺麗な平腹や綺麗な谷裂や綺麗な木舌になればいいんだ! ソファーの上で暴れ始めた私。 額に冷たい手のひらが置かれた。動きを止めると困った顔で微笑む佐疫の姿。彼の手が額にあてられたのだ。 んー、きもっちい。 「仲間だから遠慮してないだけだよ。おれたちは家族みたいなものだから、気を使っていないだけなんだと思うよ?」 「遠慮しないにもほどがありますって・・・」 「ふふ」 気持ちがいいその手でだんだん高ぶっていた気持ちが収まっていく。 ここの館にいる獄卒たちは肋角さんを上司として父として尊敬している。谷裂なんて信者じゃないかってほどに。 それほどまでの魅了があるのは私にもわかるのだ。 存在が大きい。彼といると畏怖する。けれど同時にしっかりとした意志があって強さがあって私は、私たちはそれに惹かれているのかもしれない。 ブレないその姿勢が胸打たれる。 本当の父が頭によぎる。 今も愛している父。今は地獄のどこかで罪を償っているであろう父。 「・・・まだ私は家族にはなれない、かなあ」 「水咽・・・」 「けど、仲間ではいたい」 「・・・そうだね。今はまだそれでいいと思う」 優しい佐疫の手が頭を撫でる。それが気持ちよくて嬉しくてしばらくそれに甘えて目をと閉じて楽しんでいた。花のいい匂い。 気持ちが安らぎこのままいけば眠くなってしまうのではないか、という所で「ほら」と佐疫に起こされた。 「まだ書類残ってるんでしょ?届けに行かないと」 「はーい。ありがとうございます佐疫先輩」 「どういたしまして」 体が軽くなった気がする。まだまだ頑張れる気がしてくる。 ソファーから起き上がり水あげを再開させた佐疫にペコリを頭を下げてそろそろ再生しているであろう木舌の元へと向かう。 血で汚れた廊下で木舌がいててて、とあぐらをかいて座っていた。 丁度起きたらしく汚れてしまった制服にあーあ、とこぼしていた。 「木舌」 「ん、水咽・・・なんか怖いよう、おこってる?」 「まさかまさか先輩に対して怒りを向けるだなんて!ただ仕事の時間が伸びてしまった事に憤りをかんじてるだけですよう」 「ごめんってー。手伝うからさ」 「じょーだんですよ。怒ってないです。これ、書類どうぞ」 「ありがとう」 血が染み込んで乾いてしまった手でそれを受け取る。書類内容をざっと確認して起き上がった。 「よし、じゃあまた明日ね!」 「怒ってないですけど掃除はしてくださいねー」 怒っていないイコール掃除しなくていいじゃないんですよ先輩。 爽やかに立ち去ろうとする木舌の服を掴む。力をこめれば逃げられるだろうにそれをせず落胆の表情で溜息をはく木舌。 酔っ払いでよく谷裂にぶっ殺されるがこういう一面は嫌いじゃない。 別に、嫌いじゃない。 嫌いだったら獄卒になんてならなかった。最初は仕方なくってこともあったけどそれでもこうして接していくのは楽しいもんだ。 生前とは違う楽しさがここにある。 「これ掃除終わったらお酒一緒に飲まない?」 「嫌です」 「いいじゃんいいじゃん。俺、水咽の腹に頭グリグリするの大好き」 「気持ち悪いです先輩。肋角さんに報告しますよ?」 「それだけは勘弁!」 「あはは!」 死んでしまったことには後悔しているけれど、獄卒になったことは後悔してない。 ここからゆっくり様々なことを知っていけばいい。時間は腐る程に、あるのだから―――― |