「あっちこっちに怪異がいるなあ・・・。連絡完了」 上司である肋角さんへと現状報告。その際にサポートとして佐疫に田噛平腹といった部下全員をここに集結させるといった。 力が及ばないのだと悔しそうに顔を顰めている谷裂だったけど相手は相当強くなってきているからこそだろう。そして斬島から聴いた限りだと、呪術をも使いこなすのだそうだ。 それが実に厄介なものらしく獄卒という身にも効果があるのだとか。 「だが進めば進むほど数が多くなってきてるな・・・」 「ならばこの先にいるんだろう」 道を進めば進むほど月の明かりは消え暗くなっていく。 そしてその漆黒に怪異達が隠れ蠢く。こちらには気も向けず道の先へとゾワゾワと動いているのをみるとどうやらつかさという生者から染み出る”力”に魅了されているのかもしれない。まるでお菓子に群がるアリのように。 道を歩いていけば行くほどそこは真っ暗に黒く暗く漆黒に塗りつぶされていく。 まるで巨大な化物の口の中に入っていくかのような感覚に、逃げた亡者がいるであろうこの先に進むたびに獄卒達の緊張の糸が張り詰めていく。 闇。 黒。 そこは一片の光がない。それでも不思議と己達の体は見えるのだ。 ここはそういうもので本当の暗闇ではなく、異界の中にいるのだ。この異界は黒い以外何もない。 何も、ない。 「暗いのに視えるってのはなんか妙な感覚だね・・・」 「ああ」 「―――ムッ」 先を歩いていた谷裂が足を止めた。何事かと前方を見れば一枚の札が地面に貼られている。谷裂はそこから先へと足をすすめることができずこれが亡者が使うという呪術のようだ。結界。 獄卒といえども生きている存在ではないのだ。亡者相手の札でも強ければ効くし、このように結界目的で貼られれば突破するのにも時間が掛かる。 「ちょっと退いててねー・・・っと!!」 木舌の斧が振り下ろされる。が、そこに見えない壁があるかのように斧はバギリと折れ刃が跳ね返り後方へと飛んでいってしまった。 木舌の怪力でも破れない結界。呪術をどうにかできる存在もこちらにはいない。この先へ行くことはできない。 「こりゃ、参った」 「・・・どうにかできんのか」 忌々しげに札をに下ろす谷裂。斬島も何かないかと考えるがない。自分たちではどうやってもこの結界は越えられない。谷裂のように顰めて札を見下ろしはしなかったがどうしたものか、と札を見下ろした。 この先に行かねば、亡者は捕まえられない。生者は確保できない。 怪異が蠢く。ああ。結界の向こうにいる怪異は向こうにいけるとういのに。こちら側にいる獄卒と遅れた怪異達は行けやしない。 「よー!お前らどーしたの!?」 「呪術か?」 そうこうそこで留まっているうちに応援として呼ばれた平腹、田噛、佐疫がこの場にたどり着いた。三人も足元にある結界の役割を果たしている札をみて不愉快そうに口を歪める。 「相当強いね。・・・・・・ねえ、これだけ強いとなると御札一枚だとその効力は出せないんじゃないかな」 「・・・この暗闇の何処かに同じのが貼ってあるってことか」 獄卒が通れないほどの結界をはるとなれば札一枚だけでその力をまかなえるとは思えない。何処かに何枚か同じもの、あるいは力を増強させる触媒があるはずだという。 「んじゃ、オレみぎな!」 理解しているのかしていないのか、それでも平腹は御札御札!と口ずさみながら右側の暗い空間へと走っていってしまう。決まりだ。そう視線を合わせて佐疫が左へと歩き出し闇に消える。斬島も左へ。谷裂は右へ。 田噛はめんどくさそうにその場にしゃがみこむ。探す気にはなれないらしい。 木舌はどっちにしようかなあと悩んでいた――が、後方から集まってきた怪異が目に入り決めたと拳を握り骨をバキバキと鳴らす。 「田噛も手伝って」 「だるいめんどいねむい」 「ほんとこの子ったら・・・!」 斧は壊れてしまった。 けど持ち前のこの怪力で怪異をちょちょいのちょいと殴り飛ばしけり飛ばしていく木舌。弱い怪異はそれに圧されて近寄っては来ない。甘い汁がすえても消されてしまうのは勘弁なのだろう。 丸っこい怪異を殴り飛ばす。それはパァン!と破裂して血が飛び散った。木舌の服に血がしみこむ。青白い顔にピッと着いたのを拭った。 余計に血がついてしまい木舌はとうとう動くのをやめた。怪異も逃げて寄ってくる奴はいない。彼はとりあえず手を振って血液を飛ばす。 「あいつらうまくやってるかね」 「さあな。――――なんかきたぞ」 「ん、んん?」 田噛のサボリ具合に呆れていた木舌だったが田噛の呼び声に彼から前方へと顔を向けた。 闇の向こうから足音。だんだんと輪郭ははっきりと目に映るようになりそこから現れた存在に目を見開いた。 人質として連れ去られたはずの生者、つかさだった。 寝巻き姿の彼女はペタペタとその素足で姿を現し――札の前とまった。 彼女はその札が”結界”だということを理解しているようで触れようとはしない。姿を見たとき、彼女にどうにかしてもらおう、と考えがよぎったがこの目の前の札の意味を理解している彼女をみているとどうやら無理のようだと悟る。現実にそうだった。 彼女の目は、怯えた目ではない。逃げてきたのではない。 ポタリと濡れる音。彼女の指先から血がこぼれている。噛んだのか。何故。 「ゲームをしよう」 「・・・お前、言ってる意味わかってんのか?」 田噛が珍しく眉間に皺を作りつかさを睨んだ。 その睨みに臆せずつかさはうん、と頷いた。 「獄卒さんが怪異を倒したら、私はもう何もしない。札も破ってあげる。・・・本当は最初から何もしないでおこうと思ったんだ。おとうさん亡者だし、地獄に行くのだとしても、いつまでもああして彷徨ってるよりかはきっと良い」 「・・・そう思ってるならその御札破ってよ」 「・・・・・・そうだね。それが正解。けどさ・・・」 つかさは笑った。 泣きそうな顔で。 「けどさ、男手ひとつで育ててくれたんだ。愛してくれたんだ。たとえ亡者になって目の前の私を見ていないのだとしても、愛してくれてることには変わりない。だからさ・・・少しだけ・・・・・・もう少しだけ、」 ――おとうさんと一緒にいたいじゃん? ピチャン。 「「!」」 ゾワゾワと溢れる血へと集まり黒い霧。それはあっという間に肥大化していき愉快そうに高笑いをしだす。 欲しい物を手に入れたと。力を。欲しいものを。血。力の源。血。血。血。血。血。怪異は笑った。喜んだ。地面にこぼれた血をすすり舐め回し身体に含み。 その血に含まれる呪術によって生まれた膨大な力を身に吸収していく。 |