―――例の女は寝た。 電気が消えた部屋の中やっとこちらを気にする気配がなくなり息を吐いた。 この女の周りには定期的に黒いもやがやってくる。所詮カスに近い怪異達だが、引き寄せるというだけで随分と力があるのだ。それらがその力を吸いしっかりとした姿をしていく様を見て金棒を振って散らした。 こいつと関わった獄卒の報告書を見せてもらい、確かに長生きはしないだろう。一つに怪異に対抗すべき力がないこと。二つになんらかの呪術と関係していること。 生者として今後もまともに生きることは不可能だろうな。 暇になり部屋をぐるりと見渡す。怪異は今のところよってきてはいない。食卓テーブルに置かれたチャーハンが目に入るが任務中に食べるべきではない。カーテンから視える空は暗く月は空高くに。そろそろ日付も変わるだろう。 テレビ脇に写真立てだ。古いもので、小さい女とその両親だろう。そういえばこの時間になっても親は帰ってこないようだが、ひとり住まいではないだろう。男性物も少しばかりだがちらほらとある。埃が被っているものもあるようだが・・・。 静かだった空気が流れを見せる。何もない壁から同じ制服をきた男が帽子をしっかりとかぶりながら現れた。木舌だ。 「やあ、谷裂」 「来たか」 交代相手の木舌はその緑の目を谷裂に向けた後に例の女へと顔を向けた。近くに寄って顔を覗き込む。 「へえ、思ったより可愛いね」 「この女は怪異を引き寄せるようで定期的に奴らが寄ってくる」 「それから守るのがオレ達の仕事ね」 「そうだ」 「了解。――――誰か来るね」 「・・・ああ」 足音。静かな空間によく響くそれはこの部屋の前でとまった。鍵を開ける音。ドアノブをひねる音。この目で見ない限りはそれが怪異なのか生者なのか判断はつけられない。二人は息を潜めて入ってきた存在をじっとみた。 男だった。少し痩せ気味の中年の男で白髪の混じった髪、ワイシャツにネクタイをつけていた。顔つきはどこか女と似ており、どこかで見たことがある。写真立ての写真に写っていた男と似ている。 「・・・あれが父親か」 ぼそりと呟いた谷裂だったが、父親と思しき男がそれに”反応”したように素早く顔をこちらに向けた。獄卒の二人も、向こうの男も互いに驚愕で目を見開く。 あれは。亡者だ。 「・・・獄卒かね」 「亡者が何故ここにいる」 「・・・尻ぬぐいさ。君たちは―――・・・つかさか」 つかさと呼ばれた女を愛しげに寂しげに見つめ近くによって頭を撫でる。割れ物を大事に扱うかのように撫でる姿はこの世との別れを惜しむ亡者のようにもみえる。 「彼女が怪異に巻き込まれてるのは知ってる?」 「知ってるさ。この子は生まれたときからそういう運命だもの。あの人も・・・この子の母も命をかけて守った」 「田噛が言ってた、七つまでは神の子ってやつ?」 「意味合いは本来のとは違うけれどね。七歳までは神様のものだからその魂は取られやすいというものだけれども彼女はそれを自身とつかさに応用したんだ。七つまでは母のもの。だから誰にも手は出せない――とね。・・・代価は命だった」 ああ、衰弱しつつもこの子を守れる幸せを感じていた彼女は素晴らしい女性だった。 そう父親は微笑んだ。 「思い出話はいい。この女が生まれた時からの運命だったというのはどういうことだ」 「谷裂空気読みなって」 「だまれ」 「そうだね。君たち獄卒は人ではないからね。人のような感情は鬱陶しいだけだろう。この子は・・・生まれながらの”呪い”なんだよ」 「呪い?」 「どういうことだ」 「この子は、蠱毒をもって生き残った母体から生まれた子だ。その血肉、魂すべてに蠱毒で得た協力な呪が流れている」 蠱毒。その言葉に女――つかさが唸り汗をにじませる。黒いモヤが彼女にまとわりつき『呪うのだ』『呪え』と静かに囁かれる。穏やかな表情を見せていた父親が口を盛大に歪ませそれを振り払う。それはすぐに消えた。 「忌々しい・・・。魂以下の存在になりながらもつかさを引き込もうとするか・・・!」 「・・・貴様」 「・・・当時のわたしは知らなかったよ。遠縁の人たちから縁談の話が唐突に来て、彼女を娶った。つかさが生まれて遠縁の人たちが見に来て喜んでいたがとても妙だったんでね。祖父に無理やり聞き出した。そうしたら、複数の女を地下牢に閉じ込め飢えと恐怖の中、殺し合いをさせたというじゃないか。理由はわたしに本家を継ぐほどの力がなかったから。わたしに力があれば・・・」 「・・・だから死んでからその人たちへと危害を加えた、ってことかな」 「・・・なんだと?」 「こっちに来る前に、斬島が言ってたよ。これから呪術の家系に危害を加え殺している悪霊を捕まえにいくって。今の話聞いててもしかしてって思って。それ、あんたのことだよね」 「――――・・・あんな家系滅べばいい。だから殺した」 「!」 「!?」 ぞわりと変わる。白から黒に染められる感覚。笑っていた者が突然に怒るその威圧感。カチリとスイッチが切り替わる。目の前の優しく娘を撫でていた男は地獄の底から這い出るような低い声で殺意を憎悪を吐きだし手の動きを止めた。 ざわざわと騒ぐ空気。男の死者特有の色白の肌が黒く染まっていく。 「おかしいじゃないか。おかしい。何も知らない子どもがあんなクズ共の餌にされる。こんな可愛いのに。彼女とのあいだに生まれた可愛い可愛い我が子を。汚されるなんて、穢されるなんて許せないでしょう?だから殺した。殺した殺した!」 男の手がつかさへと伸びる。 「――、そいつを離せ!」 「煩い!」 男がつかさを抱き上げる。急に抱き上げられたつかさは薄らを目を開けて呂律の回らない舌で「おとーさん?」と起きた。亡者が悪霊になり、大切なものまで危害を加え始めることはよくあることだ。ただ、亡者の手の中にいる生者を救うということは難しい。 ヘタをすれば悪霊と共に手を下してしまう恐れがある。亡者のみならばどんなに痛めつけても消滅させない限りは消えない。しかし生者はたとえば腕一本吹き飛ぶだけでも死ぬ恐れがある。 非常に厄介だ。 「この子はわたしが守らないといけないんだ!守らないといけないんだ!だからあいつらもお前らも敵だ・・・!」 「お、とうさん・・・?」 「大丈夫だよつかさ。つかさつかさつかさつかさ。お父さんがいつまでもずっとずっと守ってあげる。守ってあげるから!」 目から覚めて突然の事に追いついていないつかさは、父の姿に顔を真っ青にさせる。あの姿をみてしまえば怪異を何回と見てきたつかさならば”生きていない”ということはすぐにわかっただろう。 赤く充血した父の目がつかさを捕らえる。 男の体が動き窓を開けた奴はそこから飛び降りて――消えた。 「チッ・・・どこに消えた」 「つかさちゃん、の体質だ。おそらく悪霊のいるところには怪異が集まってるハズだ」 「――谷裂、木舌か?」 「斬島、」 「馬鹿者め、悪霊は逃げたぞ。なぜ早く仕留めなかった」 「致命傷を負わせたのだが逃げられた、すまない」 入れ替わるように現れたのは斬島だ。服が所々汚れていて一度大きな怪我を負ったのか血も滲んでいる。谷裂の言葉に素直に謝る斬島は「亡者はどこに」と特に顔を変えることなく尋ねる。 「窓から逃げていった。生者が人質としている」 「例の女だよ斬島。怪異が多いところにいると思う」 「わかった。行こう」 |