―――七つ過ぎた頃からこういう現象によく巻き込まれるようになった。 母は八歳の誕生日の次の日に死んだ。父はそこから遅くまで稼ぎでほとんど家にいない。面倒をみてくれる人もいなかった私は、一人で立っていた。洗濯物もしたし買い物もした。料理もした。家計簿もつけてた。たまに帰ってくる父はそんな私にいつもすまないすまないと頭を下げて抱きしめてありがとうという。 それでいいかなって思ってた。 けど父よ。 こんな時には家にいてほしかった。 「貴様が例の生者か」 「例のってがよくわかりませんけど、多分、そうだと、おもいます」 学校から帰ってきたら部屋の中に厳つい獄卒さんがいました。不機嫌いや怒りをあらわにした顔で紫色の目で睨みつけてくる様はまさに鬼。これが普通の人だったら完璧な不審者です。警察呼びますよ警察。 「不法侵入って知ってます?」 「我々には関係ないな」 「・・・でいつかえるので?」 「次の獄卒が来るまでだ」 いつだよそれ。 テコでも動きそうにない厳つい獄卒さん。突然知らないごつい男の人と二人きりの部屋でなんとも居心地が悪い。相手は私とは特に視線を合わせずそれでも少しばかりの気遣いはあるのか部屋の隅でなんと金棒を支えに静かにたっている。部屋にある置物みたーい、なんて気持ちには到底ならない。 「・・・せめて玄関の外にいてくれたりは」 「貴様を監視・警護するのが今回の任務だ。貴様を視界に捉えられなくては意味がないだろうが」 「・・・・・・」 あ。無理だわ。これ以上何かいうとその金棒で吹っ飛ばされそう。そんな気がする。うん。 あの黄色の目の人も水色の目の人も橙色の目の人もみんな強かった。黄色の人なんてスコップでバラバラ殺人事件やってたし。水色の人なんて優しそうだったけど、拳銃ぶっぱなしてたし。橙色の人なんて本なげつけてきやがったからな。 追い出せないとなると私の視界から消すしかない。どうやっても視界にはいるけれどもここはもう脳に暗示をかけるしかない。今日も私はひとりの夕飯。今日も私は一人の夕飯。家には私以外誰もいない。誰もない。 相変わらず視界には映るけどいくらかこの不愉快を抑えられた私は夕飯をつくることにした。 冷蔵庫を開ける。いつも一人分の材料しかないわけだが一昨日から変なことに巻き込まれてばかりで買い物をしていない。何もない。買い物に・・・やっぱいいや。 買い物にいくと多分あの獄卒もついてくるだろうし周りから奇異な目で見られそうだ。あるもので夕飯つくろう。卵。ご飯はまだある。肉少しある。野菜は、賞味期限が過ぎたもやし。まだいけるよね。一日二日ぐらいだし、熱通せばいける。よし。チャーハンにしよう。 フライパンに油をひく。充分熱したら卵を入れてかき混ぜてそこから肉投下。ジュワーと脂肪分の焼ける音。もやしもつっこんでしばらく炒め続ける。肉が充分に焼けたのをみたらご飯投下。もちろんこれだけだとチャーハンにはなりはしないので醤油と塩コショウをブチ込む。まともなレシピなんて見ないからチャーハンどうかしらんけどとりあえずチャーハンだ。 皿に一人分をわける。 ・・・フライパンには多くつくりすぎたチャーハン。 ・・・。 ・・・・・・。 獄卒ってお腹すくのかね。 「・・・獄卒さん、チャーハンいる?」 「・・・必要ない」 聞いた私が馬鹿でしたよ。そんな顔して必要ないっていわれると傷つくなあ。 余ってしまったものは仕方ない。もう一枚の皿に移してラップをしておく。机の上にコトリとおいた。 「・・・・・・お腹すいたら食べていいですから」 「いらん」 そうですか。 彼に聞こえるようにわざと溜息を吐いて、スプーンでチャーハンを食べ始める。テレビを付けて今日のニュース。最近はよく物騒になっていて近所に住む女性をメッタ刺しにして殺しただの、いじめによって自殺がどうのこうのって。それでいて地震も頻繁。 この日本はいったいどうなってしまうのか、なんて考えたが高校生の頭ではその言葉に深みは持てない。 「あ、地震」 今まで静かに立っていた獄卒がその紫の目をギロリと部屋の隅に向けた。そのあいだにもそれなりに大きく揺れる部屋。結構大きいぞ。外出たほうがいいか。窓開けたほうがいいか。よし、とりあえず外にでてみよう。本棚の本がバサバサと落ちるほどの揺れだ。家にいると少し危ないかもしれない。立ち上がり玄関に向かう。 鍵を開けてドアノブをひねろうとしたところで獄卒さんに止められた。すんごい力で手がビクともしないよ。 揺れる部屋。なんで止めるんだよと顔を上げれば険しい顔。 「開けるな絶対に」 「だって地震・・・」 「馬鹿か!これは地震ではない」 「・・・」 じゃあなんだと言うんだ。物が揺れて床にいくつも落ちる。引き出しも揺れでだんだんと開いていく。あのままだと食器も落ちて割れてしまう。机の上においていた茶碗は落ちて割れてしまった。あーあ。新しいの買ってこないとね。ひとつしかないから。 「わかりました開けません。けど食器割れてしまうんで手、はなしてください」 「・・・」 そういえばしかめっ面して手を離してくれる獄卒さん。とりあえずフラフラする床を歩き食器棚だけでも押さえておく。割れ物を片付けるのはめんどくさい。必要最低限しかないから割れたら飯いれる器がなくなる。とりあえず一番厄介な割れ物は食器だけなんでここだけ。 しばらくすれば地震は静かにおさまっていった。 足元に転がってしまった茶碗は机から落ちて壊れてしまった。破片を手に取ったら間違えて尖った部分にブスリとしてしまい薄く血がにじむ。くそう。 「ばんそうこうー」 「・・・」 テレビもいつの間にか消えていて電気が点滅。明るくなったり暗くなったり。その中で獄卒さんはその紫の目を光らせ金棒を片手で振った。ブウンと空気を切る音が聞こえてあれにぶつかったら相当痛い、というか死んじゃうんだろうなあって点滅しているなか見ていた。 何か逃げてくやつがいる。 「・・・これで弱い怪異は近寄ってこんだろう」 「何をしてたんですか」 「金棒で脅した」 「・・・」 うんまあ平和になるんだなって思うことにしよう。 それから部屋を片付けてテレビを鑑賞。さっきよりも慣れてしまったらしく獄卒さんに目はいかない。 そういえば獄卒は何人いるのだろう。軽く見た本によると地獄というのは随分広いようだったから何十人というより何百人、万単位かもしれない。皆それぞれ目の色が違うのかね。かぶってる人いそうだ。 今のところ黄色と水色と橙色と紫色の獄卒にあってる。それぞれ個性も強くて黄色はなんか、めちゃくちゃだった。テンション高いっていうか馬鹿?水色の獄卒は優しそうだった。外套も様になってて優等生みたいだ。橙色の奴はだらりってしてる感じ。不良?違うな。けどそれに近い。やりたくないものはサボる、みたいな。んで紫色。 こわいわ。いやいや、真面目っていうかなんかしっかりしすぎて怖い、軍人のお偉いさんみたいな。テレビでたまにみる厳しい軍人さんみたいな感じ。・・・いつ帰ってくれるんだろう。 ・・・というかこの人帰っても次の獄卒がくるって言っていた。 それ完璧、私に自由なくないですか。一日中男に監視されるって犯罪臭しかしないよ。 「獄卒さん、次くる人はどんな人なんですか?」 「話す必要はない」 「・・・さすがに女子としてずっと男の人に監視されるのはあんまり」 「・・・、・・・・・・飄々としてる男だ。我々の中で一番社交性があるだろう」 女ひとりと男ひとり。その言葉に頑なにしていた獄卒さんが少し口を歪めて話してくれた。 社交性があるってことは馴染みやすい性格をしているってわけで、彼らがこうして私を監視してる理由を聞けるかもしれない。 テレビが消えた。 また電気がチカチカと点滅を繰り返す。突然の事に思考が追いつかず黒い画面になったテレビを静かに凝視していた。今度はなんなんだ、と私は溜息をはく。獄卒さんを見れば不機嫌そうな顔。 「・・・貴様の周りでは尽く現象が起きるな」 「つい最近までは毎日おきるほどじゃなかったんですけどね」 怪奇現象に巻き込まれたとしても週に二・三回ほどで、もうちょっと小さい頃が一ヶ月にいっかいとかそんなんだった。 不意に橙色の獄卒の”お前このままだと長生きしねえ”と言われたことを思い出した。なんで長生きしないのかは知らないけど多分この怪奇現象の多さと関係あるんだろう。 人生はほどほどに生きたいと思うし、せめて四十歳までは生きておきたい。そのあいだに家族とかもてたらいいかも。 「だとしても今まで怪我もなく生きてこられたのは驚きだな」 「私も驚きです。そういえば獄卒さんは怪我をしたりはするんですか?」 「するが死なん。・・・そろそろ黙っていろ」 死なない・・・だと? 地獄の存在だから死ぬことがないのだろうか。亡者を裁く鬼ゆえに死ぬことはないと。見た目は人間っぽいが中身はやはり違うものなんだろうか。死なないとなると・・・この男は何百年と生きているのだろうか。 「・・・獄卒さん、今、何歳?」 「・・・」 とうとう無視されてしまった。 テレビがパッとついて明かりもつく。つくならつくって言えってば、って安堵の息を吐く。時計をみると随分長く明かりが消えていたみたいで一時間もすぎていた。短い針が十時を指していて、就寝の準備をしなくちゃと風呂の用意をはじめた。 |