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――蠱毒とは古代において用いられた虫を使った呪術のことである。蠱道、蠱術、巫蠱ともいう。広義には犬や猫など様々な動物を用いた呪いを総称して「蠱毒」と呼ぶ場合もある。
五月五日に百種の虫を集め、器の中に置き互いに喰らわせ最後の一種に残ったものを止める。これを行って人を殺す。

「百種の虫・・・きもちわるそうだなー」

犬や猫や様々な動物を用いるってかいてあるけどその中に人間は含まれてるのだろうか。虫で呪い殺せるなら人間でやったらさぞ怖いもんになるだろうなあ。ぞわぞわしてきたもどそ。


『呪い殺せ』
「・・・きのせーい」

なんか聞こえた気がしたけど気のせいにしておく。二度あることは三度あるって?
そんなの信じないんだから。

『呪い殺せ』
「・・・」
『呪い殺せ』

やかましい。
呪い殺すってそんなことしても呪い殺すほどの相手なんかいないし。ひとりで勝手にやってくれ。私はそんな虫を百種あつめるほど暇はしてない。

『次は嘉家のものだ』
『次はおまえを好いている芳夫だ』
『呪い殺せ』
『拾ってやった恩、命をかけて返すのだ』

耳元で無感情で述べる声。一体何だと言うんだ。誰だこいつら。好いてる?そんな奴知らない。拾ってもらってもないし。ハエでも払うように耳元で手を振る。めんどくさいからここから離れよう。ソファーに転がろう。
もうほんと最近、変なのばっかよってくるんだから。や、昔からか。けど昔の奴らより最近のやつらやかましいのばかりだ。あれかな、死んでるやつらにも世代による流行とかあるのかしら。まず幽霊の世代ってなんぞやってなりそう。

『呪い殺せ、優子』
「―――、」

足がとまる。
今。

母の名と同じ。

『呪い殺せ』
『呪い殺せ』
『我等に恩を』
『命をかけて』
『恩を』

バン!
前方から本が飛んできた。
前を向いてたのに前を見てないって私どんだけ動揺してたんだ。目の前にはさっきのだるそうで眠たそうな男がこっちをじっと見ていた。日差しで目の色が明るく見えているのかと思っていたけども違うみたいで橙色の目がこちらに向いてる。本を投げたのはこいつだ。

「わり、手がすべった」
「・・・」

どんなすべりかただよ。どうやったらすべってこんなに勢いよく飛ぶんだよ。すんごい音したぞ。

「どうかしましたかー?」
受付のお姉さんが顔を覗かせてきて慌ててなんでもないんです!と返しておく。
目の前の人の目。なんかあの黄色の人とか昨日の優しい人と似てるな。

「・・・・・・・・・獄卒?」
「指をさすんじゃねえよ」

驚いた。一昨日昨日と続いて今日も獄卒に出会った。ということはなんか捕まえに来たんですかね。それともまた私巻き込まれる感じですか。怪異あるところに獄卒あり、みたいなイメージついてきちゃってますけど。


「お前いつから怪異に巻き込まれるようなった」
「は?え、・・・えーっと・・・」

いつからだったかなあと記憶を掘り起こしていくこと数秒。日常と化してしまいそうな怪異の最初は、確か。

「八歳になってからだった気がする」
「・・・・・・七つまでは神の子か」
「はあ・・・?」

ぼそりとつぶやいたそれ。よくわかんね。
相手が何かを考えて数秒。

「八歳になったとき、誰か身近な人間死んだか?」
「・・・・・・・・・母が」

八歳の誕生日を迎えた次の日に、元々病弱で病院で入院した母が病死した。突然悪化してそのまま苦しみ死んでしまったらしい。とてもよく泣いたのは覚えているが、父もそれから仕事が忙しくなって帰るのが遅くなったきがする。
その時はとても不満で不安で遅く返ってくる父によく泣きながら鬱憤をぶつけてたなあ。

「・・・率直に言うぞ。お前このままだと長生きしねえ」
「はあ・・・は?」
「これだけは獄卒でも解決できない。ああ・・・けど、死んだ後なら解決できるだろーな」

どういうことですか。
って言う前に瞬きをしたらもう目の前にはいなかった。きっとあの黄色い目の奴がしたように消えたんだろう。わけがわからない。長生きしないって。突然の余命宣言されても。

「・・・・・・」

けど、さっきのやかましい声はどっか消えてしまったんでとりあえず・・・寝よう。
連続でこんなことあるとどうも疲れる。ソファーに転がって目を閉じた。