○月●日(水) | 死野 黒い空がうっすらと明るくなってきた頃。 星の光も薄くなっていって遠くの向こうでは日の光がにじんでいる。あと30分ぐらいしたら日が昇りそこから少しずつ明るくなって朝となるんだろう。近くの木にチュンチュンと鳥が起きて鳴きだした。腕時計を見る。あと三時間で勤務終了だ。 立ちっぱなしで硬くなった筋肉をほぐそうと背伸び、したら背後の玄関が開く音に驚いた。 慌てて振り返ってみると顔をタオルで拭いている谷裂。つり上がった目はまだ完全に眠気がとれていないようでトロンとしている。呆けっとしてるようにも見えたが意識はしっかり持っているみたいで「おはよう」とあいさつされた。 「おはよう谷裂。こんな朝っぱらから訓練でもするのかい?」 「・・・ああ、いつもよりも早く目が覚めたのでな走り込みにでも行こうと思ってな」 「谷裂はほんと真面目だよなあ」 眠気に負けてあくびがでる。まだ日が昇ったばかりでうすら寒いっていうのにタンクトップ姿で出かけようとしている谷裂の背中を見送っていってらっしゃいと言おうと口を開いた時に、谷裂の動きが止まった。 そんで俺へと振り返って凝視してきた。 「???どうした?」 「・・・走り込みは止める」 「やめるの?寝直すとか?」 「いいや」 紫の目がギラリと俺を射貫いた。 突然、鋭い目を向けられたものだから心臓がドキッと跳ねた。 「死野」 「えっ、あ、はい」 「俺と手合わせしろ」 「!??」 まさかの発言に硬直。 俺が谷裂と?特務課の先鋭陣である谷裂と?いや俺、警備員だから。俺、そこまで強くないよ。 「ちょっとまった、俺お前と手合わせできるほど強くないよ?」 「そんな事は知っている。だが走り込みよりかはマシだろう。付き合え」 「え、えー・・・」 じっと俺を見続けてそらさない。鍛える事に関しては熱心だ。あと威圧感が怖い。 ・・・どちらにしてもここではいと答えなければてこでも動かないだろうし応と返事を返すまでずっとずっと見続けることだろう。俺は諦めて了承した。 「先に一本取った方が勝ち、といいたいところだがそれでは死野が不利だろう。だからお前が俺を怯ませれば勝ち。俺はお前を地に伏せれば勝ち、だ」 「え、それも不利。もひとつ何か足してくれない?」 「・・・ならばこうしよう。俺は腕一本のみ、だ」 「おっし、じゃあそれで。一回だけだからな?俺は仕事中なんだから」 「わかってるさ」 ―――玄関先で、距離をとり向かい合う。 谷裂と俺の視線は互いに交わりそらされる事はない。久々のこういう動きについていけるのかわからないし、本当にここの獄卒達より動きは遅くて決定打に欠けるけれども自分で頷いたのだからやるしかない。 「・・・よろしくおねがいします」 「ああ、よろしく頼む」 お辞儀。 からの交わる視線で手合わせは開始された。こっちは谷裂自身の強さはわからないが、それでも特務課の強さは知っている。慎重に谷裂との距離をとりながら隙をさがす。というか隙がない。隙を作るにしても、それさえも厳しい。 ジリと谷裂の足が動いた。相手の動く所をみてやっと思考が脳に信号を送り身体へと送る。俺遅い。目の前に迫る谷裂。避ける事すら相手の速度に対して遅いので両腕を前に持ってきて防ぐ。谷裂の拳が腕にぶつかる。 「〜〜いったっ!」 とても重い一撃だ。骨は折れてないし罅も入ってはないけれどもこれを何発も喰らう訳にはいかない。すかさず足で谷裂の足元を蹴る。バランスを崩してくれればもうけものだ。 「うっそ」 蹴りは足に当たった。けれどもバランスを崩し倒れる、という予想は起こらなかった。俺の蹴りを耐えた。いやそんな強くはないのだろうけれどもそこらへんの奴らよりかは強い蹴りのはず。谷裂の目線。やばい次が来る。 慌てて腕を流し回転の威力を加えて回し蹴りを放つ。谷裂は避けなかった。脇腹へと当たった蹴りはしかし、谷裂の眉間を深くするのみ。跳躍し、距離をとる。 足がジンジンと痺れてしまい、筋肉の厚さに恐れ入る。 さて、あと何回攻撃をすれば谷裂は怯んでくれるのだろうか。自分より弱い相手でも見下すことなくまっすぐに見る谷裂の目に久しぶりに高揚した。 「もーむり!むり!」 「もうか、情けないな」 「俺特務課じゃないもん!俺、お前じゃないもん!!」 そこから小一時間ずっと谷裂の攻撃をぎりぎりで避けて蹴りを喰らわすも一向に怯む気配など無くむしろこっちの体力がごりごりと削られ、谷裂に何もされずにひとりでに地に倒れた。酸素を欲しているからだが大きく上下している。 「だが、有意義な手合わせだった、感謝する」 「どっーいたしましてっ!!」 汗がどっと噴き出してる。谷裂は僅かににじませてるぐらいなのに。 それがちょっと悔しくて休みの日に同僚達に稽古申し込もう、そう思った。 |