○月×日(月) | 死野 俺は大きくあくびをした。 あくびをしても眠気はとれはしないがまあしょうがない。 首を左右に曲げればゴキゴキと骨がなる。肩をぐりぐり回せばゴリッゴリッと詰まった音がなる。前方に上半身を折り倒し背中を伸ばし、今度は逆に後ろへとまげて伸ばす。 逆さまになった世界は夜中の風景で、わずかな街灯と空一面にちらばる星空。 姿勢を真っ直ぐに戻して、館の玄関を背にしてたつ。 夜中ゆえに人の気配なんてないが、不審者がこの館に入らない様に見張る仕事。夜間警備員っていう俺の役職で仕事だ。 「斬島がまだ任務から戻ってない、と」 館の警備に、警備必要あるのかわからんけど。それと周囲に不審者が来ない様にすること。特務課ってちょっと特殊だからたまに喧嘩吹っかけてきたり度胸試しに怪異がのそっとやってきたりするからそれらを追い返す。 だいたいそういう輩は強くないから俺でもケツ蹴り飛ばして追い返せるのが救い。 どうしても適わない時は、特務課の奴らに頼み込む。なかなかないけどさ。 それからそれから任務で外出してる奴のお出迎えもあるな。これはどっちかっていうと個人的なもんだけど、特務課は忙しい時真夜中に帰ってきたり、何日と任務にでたまま帰ってこない時がある。そういう時、声をかけてやる。おつかれさんってね。 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・くぁ」 玄関先で警備をしてどのくらいたったか。0時は確実にすぎただろう。 こういうのは暇になるもんだけれども頭の中じゃあ全然違う事考えてる。暇つぶしだ。やりすぎると不審者とか見落としちゃうからほどほどだけどな。 静かな夜道に足音が聞こえて、音のするほうへ身体を向ける。確実にこちらに向かってくる足音は軽く規律正しい。その音に集中していた気を解いてカンテラで足元を照らしてやる。 ブーツがうつり、獄卒が斬るカーキ色の制服がみえた。 「お帰り、斬島」 暗闇になれた青い瞳がカンテラの光に照らされ眩しそうに細めた。 「ああ」 「食堂にキリカさんが斬島にって弁当おいてあるよ」 「!」 その言葉に反応したのは斬島の腹だった。ぐう、と腹の音が返事を返してきてクッと笑いを溢す。目の前の獄卒は少し恥ずかし気に帽子を深くかぶり表情を少しでもわからないようにしている。斬島は本当に食べる事が好きだな。 「あと、肋角さんからの伝言で任務が完了したらひとまず休めって。報告・報告書作成は明日でいいってよ」 「そうか・・・」 「それと!」 「?」 警備員やってるけど、仕事だからここにいるけど特務課の奴らとは良くしてもらってる。個人的にもな。こいつら面白いもん。 腹をきゅるきゅる鳴らしている斬島へとポケットに入れておいたものを手渡す。紙包みに包まれたまんじゅうだ。街の方で評判のいい和菓子店のまんじゅうで、中のあんこがうまいんだな。 「丸獄和菓子店のまんじゅう。やるよ」 「丸獄のまんじゅうかっ・・・いいのか?」 「うん、斬島にって買ってきた奴だから他の奴らには内緒にね」 「ああ。有難う」 希薄な表情に輝きが灯り、喜んでいるのが目に見える。 他人の喜ぶ姿ってのはいいもんだ。大事そうに両手でまんじゅうを手に持ちながら玄関を静かにあける斬島。 深夜まで任務をしてたんだから突っ立ってるだけの俺よりだいぶ疲れてる事だろう。労わりを込めて彼へと一言。 「お休み斬島」 「ああ。先に休ませてもらうよ死野」 ギイと玄関が閉まり、また夜中の静けさが戻ってくる。 自分用にと買っておいたもうひとつのまんじゅうの紙包みを剥がして口に含む。 「ん、うめ」 まだまだ勤務終了時間までは長い。 口の中に広がるあんこの甘さを堪能して、また俺は仕事に戻った。 |