「さて、名はなんと言う?」
「・・・深月」
「深月。何故ここに連れてこられたかわかるか?」
「はっきりとはわからない。けれど、それは私が魂を”食べた”ということが関係しているんだろう?」
「そうだ」

ろっかくは言う。

生きている人間にひとつの器につきひとつの魂が通常であると。時に特殊に魂を入れる器が大きく多くの魂を取り入れることのできる人間がいる。そういうものは生まれた時からほかの存在よりも怪我の治りが早く長寿であると。私はそれに属する人間の様で、だから魂を喰えたと。通常の器の人間が魂を喰らえば器が耐え切れず死ぬのだとか。笑える。私はそんな器を持っていながら病院のベッドにいたのだから。

さて、そんな器をもつ私は魂をいくつ食べたか。いくつ飴玉をたべたか。十以上は食べただろうな。

「魂を喰えば寿命が延び、怪我の治りも早くなる。その血で染まっている手も傷がないだろう」
「・・・」

手をみる。血こそついて怪我をしているようにも見えるが切れていた部分はもう塞がっている。僅かに表面に痕が残っているだけだ。通常の人間なら完治に二週間はかかるものをあの数時間で治してしまった。これはもはや人間業ではないな。

「更に問おう。深月は長期で怪異といたな?」
「・・・は、い。鏡、と」

どのくらい長くいたのかはわからないが、それなりに長く一緒にいた。いつでも一緒にいた。一緒にいたかった。

「それによりお前自身に変化を与えたんだな。今のお前は生者でありながら怪異に近い存在となっている。死んだとしても一定期間たてば怪異と同様に生き返るだろう」

怪異と、同様に生き返る。不死というものか。少し頭が追いついていないらしい。鏡は。鏡は、怪異だったな。壊れた。しんだ。

「――・・・鏡は、きりしまに壊された、が・・・・・・よみがえるのか?」
「ああ、蘇る。怪異は思いが形となったものだからな。その思いが消えないかぎり怪異も消えることはない」

めまい。もう治ってしまった手を見る。
怪異は生き返る。思いがある限り生き返る。生き返る。鏡は、生き返る。そうか、生き返るのか。そうか。

「いきかえるのか・・・私は、鏡がいきかえるのを待ちたい。会いたい」
「だめだ」
「なぜ」
「お前は怪異に近い存在とはいえ生者。寿命は必ずある。お前は生を全うしなければならない。それが生者の決まりだ。だが、貴様は怪異と共にいようと魂を喰い長い時を生きるだろう。それは、理に良くないものだ」

生は必ず死があり、死の後に生がある。
まだ生きている私は、鏡と共にあろうと彼が追い込んだ魂をたべるだろう。生きている故に、寿命がある故にそれを食べて理を歪める。そして、より怪異に近いために死しても蘇る。この食べた分の魂が底を尽きるまで。

「なら私はどこに行けばいい。どうすればいい」
「ここにいろ。その長い生をここで全うしろ。死を迎えろ。死したのちに罪を償い怪異となりその怪異と寄り添うのもよし、この獄都に住むのも良しそして次の生を求めて輪廻するのもよし」

ろっかくは立ち上がる。彼に付き添うように揺れる煙は糸を引き後方で薄れ消えゆく。机を横切り私の隣へ。私はそちらへと体を向け見上げた。赤い瞳が、見下ろす。やはりその赤い瞳は獣のように獰猛だ。そして知性がある。ゆっくりとゆっくりと、そして相手にそれを悟られないようにその牙を心臓に突き刺すんだろう。

そしてその牙は、息の根を止めるまで、きっと、離さない。
私は、このいつ終点があるのかわからない生をこの男の下で生きなければならないのか。ながい。長い時を、この長い生を全うしてさらに罪を償わなければ鏡には会えない。
耐えられる、かな。

「長いな」

ろっかくの手が私の首に触れる。まるで首輪をはめられた気分だ。男は微かに、ほんのわずかにだが、嗤った。


「ああ。それが貴様と怪異の罰だ」


喉仏をなぞり離れゆくその手。彼は私に視線を向けたまま席に戻った。煙管が机に置かれる。

「なに、館からはでれはしないが不自由はさせないさ。個性の強い部下たちがいるのだからな」

クツクツと愉しそうに笑うろっかくは、ソファーに座って彼らの帰りを待て、と最後に告げれば机の上にも置かれている書類に手を伸ばし、万年筆で文字を書き始め仕事を再開した。

やっと赤い目から解放された私は彼の言うとおりにソファーに腰を下ろす。
何もすることがない。鏡が隣にいれば何もすることがなくともこうして暇だと感じることもないというのに。ああ。暇だ。ろっかくは個性の強い部下がいるから不自由はしないといった。そういうのなら不自由はしないのだろう。暇にはなるだろうが。

歩き続けた疲労が座っているだけの私へとのしかかってくる。こうして座っているだけでも疲れる。私は、横になった。横長のソファーでよかった。しかもふかふかしてちょうどいい。目を閉じた。

私はどのぐらい長く生きるんだろう。鏡がよみがえるころには死ねて罪を償う事を終えているだろうか。それとも鏡がよみがえる方が早いのだろうか。もしそうなったとしたら鏡は私を探すだろうか。
鏡の最後が思い起こされる。自由に。鏡はそういった。自由になって、と。この世界から出て行っていいよと。

鏡は・・・生き返った後に私を、探してくれるだろうか。

「―――・・・」


やめよう。
良くない考えをするのはやめよう。
寝よう。

ねてしまえ。


カリカリ、と文字を書く音を聴きながら私の意識は泥沼に飲まれる如くに沈んでいった。