弾いて弾いて美しい音
奏でてくれなきゃ通してあげない





黒板に書かれた文字。青年が振り返った。
言いたい事わかるよ。

「お前、」
「悪いが弾けない」
「そうか」

この文字と、向こうにある灯りで照らされたピアノ。閉じられた扉。きっと上手にピアノを弾かなければ扉の鍵は開けてあげない。そういうことだろう。だが私はずっと病院にいた身で、鏡の世界にもピアノはなかったから弾けはしない。青年も弾けないんだろう。だから私に聞いてきた。

「お!斬島ぁ!」
「――平腹か」

その灯りでわずかに見える位置にいたのはまたまた同じ軍服の男。青年の軍服といい何かの集団なんだろう。軍兵?いや、しかし女性を追っていた時の言葉を考えると取り締まっているかのような。なら警察のようなものか。
斬島、と名前を呼ばれた青年は、ピアノの方へと足を運ぶ。そこには黄色い目を持った男がいて愉快そうに笑っている。少しだけ鏡を思い出した。あいつも楽しい時こうやって大きく口を開けて笑っていたんだが。

「お?お前何?」
「私の事はお構いなく」
「ふーん。あ、斬島!見ろよ!ピアノだぜ!オレ、ひけねーけどな!」
「ならなんでいるんだ」
「それがさ、黒板みた?弾いてくれなきゃ通してくれないってさ。力づくでも通れなかったし、斬島も無理じゃん!詰んだな!!」

黄色の目の青年、諦めるの早いな。しかもやはり楽しそうだ。犬の様だな。
青い目の青年――きりしまは溜息を吐く。

「誰かに頼めばいいだろう。打開策を考えろ」
「んー・・・誰いる?あ、お前は、」
「私は弾けない」
「なんだよー!他は?」
「―――佐疫が、災藤さんに習っていたはずだ」

さえき。さいとう。それと目の前の黄色い目をした男はひらはら。んん。さっきの紫の目の男はなんというのか。

「お!さすが!呼んできて斬島!」
「俺が行くのか」
「?そうだろ?あ、この女が邪魔ならオレがみててやるぞ!」
「―――いや、佐疫を呼びに行く時に肋角さんに報告する」



「そっか!じゃ、早く!!」






そうして来た道をひたすら戻りたどり着いた場所は、大正時代を思わせるレトロな雰囲気の館だった。その中を引かれて進んでいくと廊下に一人の青年がたっている。

外套を羽織っているがきっと同じ軍服をきているであろう青年はきりしまの姿に笑みをこぼした。

「斬島、任務は順調?――あれ、その子は?」
「・・・魂を食した生者だ」
「・・・なるほど。じゃあ、俺が見てようか?」
「いや、佐疫には手伝ってほしいことがあるんだ。この生者は、ここを出る前に肋角さんに」
「そう、わかった。それで手伝ってほしいことって?」
「ピアノを弾いてほしいんだ」
「ピアノを?」
「そうだ。怪異がピアノを弾かねば通さない、と」
「なるほど」
「俺は少し、肋角さんと話してくる。少し待ってていてくれ」
「うん」

きりしまの青い目よりも明るい水色の目。この人がさえきというのか。優男にみえるな。じっとみていたら気付いたようでその水色の目がこちらを見る。にっこり。そう微笑んできたさえきに私は妙に恥ずかしくなり視線をそらした。

きりしまが扉をノックして開ける。中に入ればここも同じようなレトロな造りをしている。部屋中央に事務仕事をする机があり、高級そうな赤い椅子。右を見れば、赤いソファーに蓄音機。それと奥の方には本棚と電話。黒電話よりも古い形だ。
左を見れば長机に今はまったくみかけないであろうタイピングがある。ボタンを押して文字を打ち込む機械だ。本で見たことがある。そしてそこで書類に目を通している背の高い人がいる。パイプ――煙管を口にくわえ煙を先から吐き出している姿は大人という雰囲気を醸し出している。
男が振り向いた。

「斬島、とそちらの女は・・・そうか、」
「任務中に連れまわすのもどうかと思い、こちらに連れてきました」

書類が机に置かれる。身長何センチあるのだろう。褐色肌の男の目は赤い。その燃えるような赤でこちらをじっとみる。その視線は、私を追い詰めるかのような。

「・・・・・・任務が終わるまでここで預かっておこう」
「ありがとうございます」


きりしまの長いことつかんでいた手がやっと離れた。
そして彼は、ろっかくと言っていた男に一礼すると部屋から出て行ってしまう。何も考えずにきりしまの後をついて回っていた私はここでどうすればいいのかわからずとりあえずその場に立つ。

カチカチカチ。時計の音。煙草の匂いがする。目の前の男は書類に目を通し終えたのかそこから動き中央の椅子へと座った。赤い目が私をみる。

「こちらに」
「・・・」

逆らえない。まるで肉食動物に睨まれているかのようだ。あるいは、これから折檻をうける子供のような。ろっかくの声には重みがある。それが私に従えという。重い足を動かし机の前にたつ。

男の赤い目はこちらをみたままだ。