暗い。カンテラの灯りで足元は見えるようになったがそれでも暗い。相変わらず腕をつかんで歩いている青年。しかし彼はこのわずかな光でも迷わず歩き続けている。校舎の造りが少し変だ。下駄箱はなんだかへんてこに移動しているし、床がなくて行けない部分もでてきた。そうして彼に連れられて歩く。よくわからない文字がプレートに書かれた部屋があったり、妙に長いトイレがあったり。
「・・・」 「・・・」
互いに無言だ。彼も私も話す気はないのだ。 廊下をすすみ歩いていくと今度は目玉がたくさんある廊下となった。あちらこちらに目玉があり瞬いている。いくつかの目がこちらをぎょろりと視てくる。これも鏡と同じ存在なのか。
「おい」 「・・・ああ」
足が止まっていたのか、腕を引っ張られ歩く。たくさんの目玉の中に珍しくも緑色の目玉があった。ああ、綺麗だな。そう思いつつも部屋に入る。教室の様だ。奥に歩けば―――そこには人影がみえる。さらに近寄れば、明るい長髪のどこか暗い顔をした女性が立っていた。
「――、」
青年がその女性に手を伸ばせばあっという間に消えて行ってしまう。何かを考えつつこちらに向きを変えた青年。同じように方向を変えれば教室の内装が変わっていた。明かりで見える範囲だが、机は移動していて、血が床を汚している。まるで怪奇現象だな、と思ったが、本当の怪奇現象だな、と思い直した。
さらに歩き続ける。血文字が書かれた壁。開かない扉がある。少しばかし疲れた。青年は歩き続ける。何か、仕掛けを解こうとしているのか時折止まり考え込んではまた歩き出す、と繰り返す。いくつかのレバーを押す青年。
どこかで音がした。 音がした方へと歩く。扉を開けると明るい。今まで暗い場所にいた私の目は急に明るくなった空間に眩しくて目を細める。どうやら理科室のようで、ぐしゃぐしゃになった骨化標本がある。もう一度扉の開いた音に、青年が私を後ろに退けた。腕が手から解放された。
「下がっていろ」
青年が刀の柄を握る。彼の目線の先には人体模型が錆びた包丁を手に持ち近づいてくる様子。明らかな敵対心だ。私は、邪魔にならないようにさがる。私がいれば迷惑だろう。いや、ここで邪魔をして鏡の敵を討つのもいいんじゃないか。けれど私にはそんな気持ちはない。鏡は壊された、目の前の青年に。だからといって憎い気持ちはない。ただ、悲しい、虚しいだけ。 それに、私がこいつを倒せるだなんて到底思えないしな。
青年が刀を抜いた。襲い来る人体模型の包丁を器用に裂けてそのむき出しの身に刀で切る。痛覚がないのかわからないが避けずに攻撃を仕掛けてくる人体模型は、次第に体力を使い果たしたのか、倒れた。 ああ、鏡。お前より強いな。勝てないな。
また暗い廊下に戻る。閉じられたままの扉がすべて開いている。その中の一つにあの女性がいたのだ。
「いつまで逃げる気だ」 「どうしても連れていくの?」
青年が追っていたのはこの人か。
「お前は罪のない生者の命を奪った。罪人には罰を、お前のやるべきことは懺悔だ」 「罪のない?そんなわけない。だってあいつらは私を傷つけた」 「それは命を奪うほどか」 「うるさい!アンタになにがわかるの!あいつらのせいで私は死んだ!あいつらに殺されたも同然!」
悲痛な叫びが部屋に響く。
「悪くない・・・悪くない悪くない悪くない悪くない私は悪くない私は悪くない私は―――」
女性が歪んで見える。違う。白い肌に這うように現れる黒いもの。それが女性を黒く染めていく。怖気がした。鳥肌が立った。あれは、とても、よくないものだ。そう頭で叫ぶ。 黒くなった肌。歪に微笑む口、眼が、言う。
「悪くなんてない」
嗤った。あははは!と嗤い始めた女性は、幻のように姿を消した。
「・・・あれは、悪霊という奴なのか?」
また歩き始めた青年へ問いかける。
「そうだ」 「そうか」
会話は終わる。目の前の青年を見ていると鏡を思い出してしまう。胸が苦しくて痛くて歩くのも嫌になる。鏡は話せたらどんな風に話すのか。模倣した目の前の青年と同じく淡白にはなすのか。それとも、あの表情と同じように、子供のみたいにあれはこうで、こうだったと楽し気に嬉しそうに話すのか。
鏡。お前がいなくなってしまった私はこれからどうすればいいんだろうか。 否、どうなってしまうんだろうか。
暗闇が続く。カンテラの灯りを頼りに行く。 そうすると、また青年と同じ軍服を着た男がそこにたっていた。先ほどの橙色の男よりも大きくがたいもいい。紫色のつり上がった目がこちらへと向けられた。
「遅いぞ貴様」
とても機嫌は悪いようだ。私の姿を捉えると更に悪くなる。
「・・・どうやら校舎自体が変貌したようだな」 「亡者もこの先か?」 「さあな。俺は一度もみてはいない。しかし、校舎からでてはいないだろう」 「なら、進むしかないか」
まだ行くのか。もう足はじんじんと痛いんだが。私はいつまで連れまわされればいいのか。
「・・・そいつは生者か」 「ああ。鏡の怪異の世界にいたのを連れてきた」 「変質しているな」 「どうやら魂をたべたらしい。しかも鏡の怪異とは親しい関係のようだったので、捕縛対象としている」 「・・・バカな生者だ」
馬鹿さ。 そんなの鏡に連れられてあの世界に来た時から知っている。
私は更に奥へと進んでいく。
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