まぼろしはきえました。
まぼろしはきえました。
まぼろしは、きえました。


きえました。

きえました。






























水咽が目覚めたという。
ずっと眠っていた彼女が目を覚ました。それを聞いて世話役であった佐疫は彼女の身を案じてすぐに駆けつけた。
彼女がずっと眠っていた部屋。鍵は開いていて、中に入れる。

中に足を踏み入れれば、部屋の明かりがついていて肋角がすでに来ていた。肋角の手は目を覚ましたばかりで呆然としている彼女の頬を優しく撫で、微笑んでいる。こんな顔を見せる肋角さんは珍しい。そう思いつつ近寄れば佐疫、と呼ばれる。

水咽の元に行こうとしていた足が止まった。

「この子の罪は償われた。そして俺はこの子を獄卒として俺の傍に置こうと思う」
「―・・・はい」

頷く事しかできない。頷く事しか許されない。
その場でこれ以上足を進めることができない。視えない壁がある。目の前の赤い瞳に隠れた歪んだ何かが恐ろしくて、佐疫は近寄ることができない。この歪みがこちらに向かう事を恐れている。

「なに、立派な獄卒になるにはまだまだ先の事だ。それまで俺がしっかりとこの子を育ててやらねばな」

頬を撫で、髪を撫で、その細い手を握る。
彼女は、水咽はそれらに一切反応をしない。ただ呆然と目を開けている。魂が抜けているようにも見えて、けれど肋角はそんなのどうでもいいのかただ満足げに彼女に触れている。
歪んでいる光景。目の前にいる彼女はもう彼女ではないんだろう。永い眠りの果てに再び目覚めた彼女は。



「あー」

やっと吐き出した言葉は、意味さえ含まれていない。


「さあ、行こう。ずっと、ずっとずっと、愛している」
「あー」

愛の言葉。その言葉に詰まっているのは執着。

今更どうしようもない結果が、彼女の最後が、ここにあった。