館は静かになった。いや、もしかしたらこれが元々の姿だったのかもしれない。ただ、俺達が彼女の存在を僅かにでも感じていたから、故にそれがなくなったことに俺達は寂しさを感じているのかもしれない。彼女以上に長く生きた俺達にそういう感情が浮上するほどに彼女は、ここで強く―――脆く生きていた。

「――佐疫」

佐疫の姿を見かけて声をかける。水色の瞳がこちらに向いて、その目が少しだけ寂しそうにしているように見えた。枯れた花を手に持つ佐疫はきっと彼女の部屋の帰りなんだろう。
彼女の眠る部屋に入れるのは肋角さんと佐疫のみだった。今、彼女が眠っているのは生者から獄卒となる為だ。生者から獄卒になる故に俺達とはまた違うらしい。器がある故にその器自体の造りから変える為に眠りと期間を要する、とのこと。その間に、彼女の魂を揺さぶる様な事はあってはならない、と。だから世話役であった佐疫と、ここを仕切る肋角さんしか入れないと。

「まだ目を覚ます様子はないか」
「うん・・・」

佐疫と共に歩く。
生者から獄卒になるというのは前例がなく、実際目を覚ました時どうなるかはわからない。肋角さんに尋ねてはみたが何も返事はくれなかった。あの人は何か知っているのだろうか。それとも、何も知らないのだろうか。あの人は、どこまで何を考えているのだろうか。
彼女は、いつ目を覚ますのだろうか。

「次に目を覚ました時は、笑ってくれるといい」
「・・・そうだね」

谷裂が笑った顔を見たという。
たがそれは笑うというにはあまりにもお粗末だったと。俺も、笑う顔がみたかった。もう、眠りについている彼女は笑わないが、目を覚ました時に。獄卒となった彼女に、笑ってほしいとは思う。でなければ、救われない。

結局、”自由”の元には行けないのだから。

「たまに考える。あの時彼女を捕まえここに連れて行かなければ、と」
「・・・過去は変えられないよ」
「ああ、わかっている。それはすでに過去で、結果もでている。変える事はできない。だが、考えてしまう・・・もしそうしていたら”自由”になっていたのだろうと」

そして彼女が望んだ未来を想像してしまう。
それはきっと、俺が、どこかで後悔しているからなのかもしれない。罪悪感を感じているからかもしれない。

「まだまだ俺は弱いな・・・」
「違うよ、強いんだよ斬島は。僕たちは同情だった。けれど、斬島。君だけは同情でなく本心で彼女と向き合ってたんだ。だから―――後悔してるんだよ」
「・・・そ、うか」

その言葉に少しだけ気持ちが軽くなる。
そうであったなら、良い。



――彼女はまだ、目を覚まさない。