暑いな。そう呟いた所で涼しくなるわけでもこの湿っ気のある熱気が消えるわけでもない。触れない窓の外を覗いてみれば茂った緑に、蝉の声。確か蝉は一週間しか生きられないだったな。現世にいた頃の私の様で、今の私とは逆だな。
滲む汗をぬぐう。 いつまでもこうしていると熱すぎてどうにかなりそうだ。というよりこの館に冷房器具がないということが信じられないな。現世の病院は冷房暖房両方完備していたぞ。夏でも適度に涼しかったし冬も暖かかったというのに。
暑いから裸足で歩く。ペタペタと湿っている足跡が続くがまあ、足元は冷たくて気持ちがいい。そのまま食堂に。キリカにアイスを貰おう。
「キリカ、アイスあるか?」 「あら、あらあら裸足でー」 「暑いんだ。足裏が冷たいと少しだけすっきりする」 「ふふ、佐疫ちゃんにまた怒られるわよ?」 「佐疫は仕事だから、大丈夫だ。ぬかりはない」
館の人数分の食材を詰め込む大型冷蔵庫を開けるキリカ。そこから漏れ出る冷気に火照る熱が少しだけさがっていく。ああ、こうして冷蔵庫を開けっぱなしにしたらさぞ気持ちがいいのだろう。まあ、そんなことをしたらキリカの尾に締めあげられるだろうし、佐疫の顔が鬼になるな。
ソーダ味の氷アイスを持ってきてくれたキリカに礼を言い受け取る。 うん、うまいな。
「キリカ―――!!」
バン!食堂の扉が左右に勢いよく開かれる。耳が痛いぞ。もっと静かに開けることはできないのだろうか平腹は。 やってきた平腹。しかも足で扉を開けたようで片足が前方にあがっている。あとで佐疫に報告しておこう。
「これ切って!」
そんな平腹が両手で頭上高く持ち上げているのはスイカだった。平腹の顔よりも大きいスイカは緑と黒の縦波模様を表面に浮かべている。大きいな。 大きいスイカを左右に振って興奮した様子で中に入ってくる。そこで私の存在をやっと認知した平腹は、目を楽しそうに大きく見開いて私の名前を呼んだ。
「水咽ー!おっ、アイス!いいなアイス!キリカ、俺もアイスたべたい!!」 「けれどスイカはどうするの?」 「スイカも食べる!!」 「あらあら・・・」
アイスもスイカも食べればお腹壊しちゃうわよ?そう苦笑しつつ話すも相手は平腹だ。大人しくいう事聞くわけなどないな。 アイス!スイカ!アイスイカ!!なんか魔法みてえ!アイスイカアイスイカ!!そう謎の発言をしながら騒ぎ始める。
「平腹うるさいぞ。それにキリカが困ってる。どっちかにしたらどうだ?」 「アイスもスイカも食べる!!ぜってー!食べる!!」 「・・・喧しい」
私の言葉にも耳を貸さない。ガリっと氷アイスを八重歯で削る。む、染みる。いたい。 溶けてきた液体を舌で舐めとる。半分ほどに減ったアイス。ああ。これがいいかもしれない。
「平腹、なら私のこのアイスをやる。だからスイカ食べようか」 「マジ!?いいのいいの!!?」 「これでいいならな。キリカ、スイカ切ってくれ。私も食べたい」 「もー、しょうがないわねぇ・・・平腹ちゃんスイカ貸して頂戴な!」 「ハイ!!」
キリカにスイカを渡した平腹。塞がっていた手はやっと空いて私の所へとやってくる彼へと渡す。こぼれそうになった液を舐めとり無邪気な子供のようにアイスを食べていく。本当に味わっているのか?と疑うくらいにあっという間に食べ終わってしまった平腹はそれでも満足したらしく私の隣に座ってきた。 熱気が隣から伝わってくる。
「暑いな」 「ホントだよなー、おかげで田噛がなおさらうごかねえ!」
俺ばっか走ってやがんのー!そう笑う平腹は更にめんどくさがりになってる田噛に対して悪い気持ちは感じていないようだ。こいつはそういう所がすごいと思うんだ。田噛に馬鹿にされても邪険にされても仕事を押し付けられてもムカっとくることはあっても嫌ったりしない。 けれど、私はなんとなく理解できる。鏡とたぶん、それに近い間柄だったから。
「はい、スイカ」
「ありがとうございます」 「ありがとうキリカ!」
大きなスイカはいくつもの半月の姿に変わってやってきた。一片をとり赤い実にかぶりつき始める平腹。汁が飛ぼうと口元からこぼれようとお構いなしだ。
私も一つ貰い口に含む。水気のしっかり染み込んだ身がシャリと柔らかい。味は薄い。ん、なんだか美味しいというほど美味しくもないかもしれないな。
「水咽ちゃん、よかったらお塩どうぞ」 「塩?」 「そう、スイカに塩かけると美味しいわよ」
目の前でパッパッと塩をかけてくれたキリカさん。ほら、食べてみて?そう促す彼女を一瞥してからもう一度食べる。
「・・・うまいな」 「でしょう?あ、平腹ちゃん、ここでスイカの種は飛ばしちゃいけません!」
「あと口を拭いた方がいい。スイカの汁まみれだよ」 「ふぉ?おお」
袖で拭こうとする平腹。 その服は仕事用のなんだからそれをスイカの汁で汚すのは良くない。口を拭く前に呼び止めてからキリカが持ってきてくれた手ぬぐいを口に押し付ける。
「ふぐぁ」 「平腹は本当に子供みたいだな」 「水咽にはいわれたくねー!」 「私?なぜだ?」
手ぬぐいを受け取った平腹はそのまま自分でぬぐい始めた。それよりも私には言われたくない、というのはどういうことか。そう問い返せば足!と目線がおりている。ああ、そういえば裸足だったな。だがこれにはきちんと理由があってだなと足を伸ばして見せていると。
「あ、いた。平腹報告はしたの?」
開けっ放しの扉から現れた佐疫。平腹の忘れてた!という叫び。それよりも私はまさか現れるとは思わなかった佐疫に内心ひやりとしていた。
水色の瞳が私の顔を見て、少しだけ視線が落ちて。ああ。しまったな。これはやばいな。名前を呼ばれたが、視線だけをキリカのいる厨房の方に、つまり彼とは反対側の方にそらす。
「平腹は報告さっさといってきなよ」 「へーい!」 「よし、じゃあ私も部屋に・・・」 「水咽はちょっと待ってね」
「・・・」
何も見てないし聞いていないとでもいうように、というかたぶん私と佐疫とのこの雰囲気に気付いていない平腹はスイカの皮を皿に置き捨て食堂を出て行った。二人の間にあった障害物は消えてしまったな。
「水咽、この前も言ったと思うんだけど」 「・・・ああ」
佐疫の笑顔。
ああ、これは観念するしかないな。
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