あかい。
あかい。あかいあかいあかいあかいあかいあかいアカイアカイあかいアカイアカイ。燃えるような赤。血のような赤。花弁の赤。赤い。全部赤い。赤い。赤いアカイ紅い赤い。己の手は血で赤い。目の前の風景も世界も赤い。どうしてこんなに赤い。走っても赤い。その赤が怖くて逃げても、赤い。赤くない場所なんてどこにもない。どこにもないよ。こわい。怖い。この一色が怖い。狂っている。喉をかきむしる。肌が裂けた中から赤い液体がドロドロと流れ出す。ここも赤い。あそこも。ここも。何もかも。声はでない。声を出そうとすれば赤い液体がゴボリと口から溢れてくる。誰の名も呼べない。喉に赤が詰まっているんだ。
どこかでパリン!と鏡が割れる音。パリンパリンパリン。何度も何度も壊れる音。やめて。やめて。聞きたくないよ。”自由”が何度も壊される破壊される無くなる。亡くなる。赤い。手の平赤い。涙も赤い。なんでアカイの。どうして。どうして赤に支配されているの。支配されるためにここにいるんじゃないのに。罪を償うためだけにここにいるのにどうして赤は私をはなさない。赤い。紅い。どうして。

目を閉じる。赤を見ないように。耳を塞ぐ。赤い吐息が聞こえないように。口を閉じる。この中に赤が少しでも入らないように。身を縮めしゃがみこむ。あの赤にこれ以上この身を汚されないように。穢されないように。

それでも。

全部の感覚を閉ざした中でも、赤は私を激しく燃やすように包み込んでいった。






「―――――あかい・・・」

視界が赤い。じわじわと赤みが引いていく。目が痛い。眼球の奥がキリキリしている。頭が痛い。ガンガンと鳴り響く痛みを抱えながら起きる。呼び起される最後の記憶は肋角。何かを話していた。けど、思い出せない。肋角がこの部屋まで送ってきてそこからあまり覚えてない。思い出そうとしてもこの頭痛がそうさせてくれない。

どうしてああもこうも痛いのか、赤いのか苦しいのか。
首をひっかく。ひっかいてひっかいて。熱が生まれ痛みだしてひっかく。それをいくらか繰り返し染みる痛みに到達して、やっと手を止める。体を起こす。身を起こしても体はだるいままだ。寝ても起きても何も変わりはしない。

「・・・佐疫、こないな」

この時間になれば来るはずの佐疫が珍しく来ない。そう思った。時間を見れば七時で朝餉の準備が終わり配膳されてるころあいだ。佐疫はどうも早起きらしくて爽やかな顔でやってくるのが常だった。
今日はこないけど。
まあ、いいけど。

「・・・シミ」

天井の染みが布団に移った。赤い染みを数える。手にも染みがついててそれをじっと見て何度も繰り返し数える。いちにいさんよんごおろくななはちきゅう。そこからぜろにもどっていちにいさんよんごおろくななはちきゅうぜろ。

「・・・」

「水咽、ごめんねいつもより少しおくれ、た・・・、」

ノックもなしにやってきた佐疫。いつもみたいに外套を羽織ってなくて片手で包み持った状態でやってきた彼は少し頬が赤い。走ってやってきたみたいだ。そんな佐疫はいつもの笑顔を見せていたが途中で言葉を途切らせると無言で私の隣にやってきた。つかまれる手。染みのついた手。

「・・・何をしたの?」
「染みを数えていた」
「・・・シミ?」
「そう。染み。赤い染み。汚くて、離れない、赤い、染み」
「・・・」

赤い染み。赤いしみはとれないんだ。これは、赤いからとれないんだ。そう伝えれば今度は手が離れていく。どこかに歩く音は聞こえるが手前の赤い染みから目が離せない。布団に擦り付けてみる。少し取れた気がしたけど、布団に赤が増えて、結果的に手も布団も赤くなった。あかい。ああああかい。あかい。あったたかい。

「水咽、これで手を拭いて」
「・・・ああ、ありがとう」

お湯を染み込ませたタオルに包まれる。暖かい。しばらく手に持っていた私だったが、それをどうやら何もしないと勘違いされたようで佐疫が手ぬぐいを持ち手を拭いていく。染みが取れていく。私の手が綺麗になる。あかくない。

ああ、けど、赤くしないと。
だって、赤くないと、ここにいるには赤くないと。ああ違う。違う。なんで。赤いのは怖くて嫌いで。だから。いや。綺麗な手がいい。


「佐疫、私はここに来てからどのぐらいたっている?」
「・・・一か月ほどかな」
「そうか・・・まだまだだな」
「・・・そうだね。ねえ、水咽・・・今日は部屋で過ごそう」
「?別にいいが」
「よしじゃあ決まり。俺、ご飯下からもらってくる。一緒に朝ごはん食べたら平腹からボードのゲーム借りて遊ぼう」

にこりと彼は笑ってそっと髪を撫でて部屋を出ていく。パタリと閉まるドア。ひとりとなった部屋。私は染みを数える。布団についた染みを。手の染みを。天井の染みを。なくならない染みを数える。赤い染みを。

「いち・・・にい、さん・・・よん、ご、ろく・・・」

私は何をしてるんだろうな。
わからないや。


一から十までの数えを二十回近く数え終わった頃に佐疫は戻ってきた。
しかも増えていて、平腹と斬島と、木舌がいた。みんな手にそれぞれのご飯の乗ったトレイをもってる。なんだ、お前らもここで食べるのか。


「くっら!真っ暗!!電気つけろよなー!」

窓がなく光の差し込まない部屋。唯一光を放つ電気はつけていない。平腹が電気のスイッチをつける。光が暗闇になれた目に入り込み痛い。目がキュと締める感覚が痛い。

「水咽、お邪魔しまーす」
「邪魔をする」

木舌と斬島も入ってきて部屋が一気に騒がしくなる。

「なあなあ人生ゲームでいいよな?な?」
「二人で朝ご飯食べるより複数で食べた方がいいと思って声かけたんだ。迷惑じゃないかな?」
「田噛にも声かけたんだけどよー、めんどくせえだってよ!谷裂なんて最後まで言ってねーのに行かないだってさー!」
「迷惑ではないよ」
「つうか水咽の部屋なーんもねえのな!好きなもんねえの??」
「平腹さっきからうるさいよ」

子供のように部屋を見渡し漁ろうとするのを制止する佐疫。ちぇーと諦めた平腹は囲む座った彼らの中央に長い箱を置いてそれを開く。中には道路の様な道が一枠ずつ区切られた模様がある。山の部分もある。まるで風景を上から眺めたような感じだ。

「水咽は人生ゲームやったことある?」
「ない」
「じゃあ食べながら説明しようか」

木舌から朝ごはんを渡される。ご飯に、たまごスープに、ホウレンソウとベーコンの炒め物。それとりんご。りんごは兎の形をしていて、懐かしいと思った。
小さいころはよく病院で看護婦が兎の形にしてリンゴをおやつで持ってきてくれた。つまようじで刺して目の前にもってくる。懐かしさにくるくると回して見つめてると木舌に笑われた。

「キリカさんが切ってくれたんだ。上手でしょ」
「ああ。さすがお前たちに飯を作ってるだけあって器用だ」
「リクエストすればなんでも作ってくれるしね」
「ああ、キリカは和食も洋食も作れるな」

シャクリ。うさぎのりんごを食べる。
木舌の言葉に同意をする斬島も食べ始めた。平腹も、佐疫も食べ始める。
その間に、この紙幣はどうするのだ、のサイコロの出た目分マスを進んでいいのだ、と説明がそれぞれから聞かされていく。スタートから始まり、学校に進学し、就職しスキルを磨き、うまくいけば結婚。子供も設けることができて。小さな人生だった。ああ、だから人生ゲームというのか。

「駒の人生を操る。まるで神様にでもなったかのようなゲームだな」
「操り手がいるからこそゲームだからね」

佐疫がそっとそれぞれの駒をスタートに置く。準備は完了しているから後は始めるだけだ。

「そうか。駒はきっとわからないんだろうな。ゲームの世界だってことが」
「そうかもね」
「だというのに操られているのに、己で動いていると思ってる。滑稽だ」

サイコロが転がる。出た目の数だけ進む。停まったマスでイベントが起きる。最初はよくわからなくて佐疫に教えてもらいながら進んでいく。そのうち、なんとなくやり方がわかってくる。平腹は一喜一憂するものだから私も良くないマスに止まれば「ついていないな」と言葉をこぼしたり、逆に良いマスに止まれば少し、嬉しい気持ちになったりもした。


「やっりー!俺いっちばーん!」
「強いな、平腹は」

遊び慣れているのか、運がいいのか、早くもゴールにたどり着いた平腹は円満な笑みを浮かべてはしゃぐ。次にゴールしたのは斬島。

「む、ゴールしたのか。二番手だな」

表情こそあまり変わらないもの声色は少しだけ嬉しそう。
残るは木舌と佐疫と私だけになった。それでもゴールからの距離を考えれば次にゴールできるのは私だろう。


「次は水咽だよ」
「ああ」

佐疫がマスを進み、少しだけ私に近づく。プラスマスに停まった佐疫は紙幣を貰い手元に。紙幣でいったら木舌が多いのだが、先にゴールしてしまえばその時にもらえる順位の賞金と資産でなんとかいけるんじゃないかとは思う。

ゲームに思考を働かせている自身に気付いた。
手の平のサイコロを見つめる。自分はなぜこんなことをしてるんだろう。私は罰せられなければならないしだから苦しまなければならない。鏡に会わないと。罪をすべて償い。鏡に。

「水咽?」
「・・・なんでもない」





サイコロを手の上で転がし、床に放り投げた。