「この館でしばらく住まわせることになる、水咽だ。話は先ほどした通り、水咽の生が終えるまでここに住まわせる。我々とは違うからな、丁重に扱え」

「・・・」

ろっかくは人前では私の名を出さない。その代わり、仮に与えられた名を口にする。きっと目の前の者たちに本名を知られてしまえばこいつらにも従う羽目になるからだろう。”主”が複数いるのはよくない。だから名を隠す。

目の前で背をしっかりと伸ばし立っているろっかくの部下たちの一部というか大半は一度この目で姿を見たことがある。鏡が模していた斬島。カンテラを渡した田噛。馬鹿な生者だ、と口にした谷裂。ピアノの前にいた平腹。優男の佐疫。緑色の瞳を持った人であの廃校ではあってないが名は木舌。そして肋角の隣に立つ銀髪の男は災藤というらしい。薄ら笑みが妖艶だが、男だ。

そして彼らの名は発音こそふつうだが漢字に変換するとふつうではない。よくない漢字、身体の一部のが入っている。何か意味でもあるのか、ただの当て字なのか、わかりはしないが、私の仮の名にも使われている。

「佐疫、館内を案内してやれ」
「はい」

「よし、では解散だ」



肋角の言葉にそれぞれがこの部屋から出ていく。佐疫が私をみてさわやかな笑みをみせてくる。エスコートするようにその細く綺麗な手が伸びてきた。私の手よりも綺麗だ。

「じゃあ水咽、行こうか」
「・・・ああ」

伸ばされたままの手に己の手を重ねることはしない。ただ目線を落として歩き始めればその笑みが苦笑へと変わる。佐疫もこの部屋をでる。続いて私も。廊下に出ると黄色の瞳をもつ平腹がいて、私の姿を捉えると名を叫びながら目の前にやってきた。

「水咽ー!お前なにやらかしたの?なあ、なあなあ!」
「平腹、これから館を案内するんだから邪魔しないでよ」
「邪魔しねー!だからオレも行く!」
「・・・はあ。水咽、うるさいのがついてくるけど、ごめんね」
「構わないよ」
「ありがとう」

なあなあ!と隣ではしゃぐ平腹。身長は彼のほうが高く、すぐ隣ではしゃいでりいるものだからいつか倒れてくるんじゃないかと考えてしまう。相手は生物だからそんなことはないだろうが、高い建物を下から見上げると建物が倒れてくるんじゃないかという感覚に陥るだろう。あれだ。

「ここの廊下を今いた部屋・・・特務室なんだけどそこを背にして左に行くと広間にでるよ。右は・・・」
「牢屋に続いてるからな!」
「・・・だから行っても何も楽しくないからね」
「・・・そうか、わかった」

平腹の気の利かない言葉に佐疫がため息をこぼす。佐疫はどうやらこの館に”軟禁”されている私に気を使っている。牢屋など、私がこう大人しくしていなければ入れられていたであろうし、こうやって笑みと柔らかい雰囲気を崩さないのもこの先に待ち受けている長い命と見知らぬこの場所への不安と恐怖をいくらか和らげようとしている。しかし、確かに私は彼のその気遣いに安心している。今のところは。

「広間に出てこの階段上がって二階には資料室や休憩室がある。更に三階にいくと、俺達獄卒の寮のようなものになっていてそこで寝泊りしてるんだ。水咽の部屋もあるけど、最後に案内するね」
「んでここ一階の向こうには食堂な!キリカの飯うまい」
「そうか」

獄卒といえば地獄の鬼か。そういえばここに連れられてきたが、こいつらがどんな存在なのかここはどこなのかさっぱり知らないままだったな。地獄の鬼というのならばここは地獄なのか。あの鏡の世界と似たような世界となるのか。現世とは違うのか。

「獄卒と言っていたが・・・ここはどこなんだ?地獄か?」
「そう。ここはあの世で地獄。地獄にも現世のように首都があってその首都が獄都。この館も獄都の中に建っているんだ」

あの世にも似たような世界があるということか。現世で生きている人たちがそれを聴いたら吃驚するだろう。何せ、死んだら地獄で罪を洗い責め苦を受ける。または天国へいくと考えている人は少なくないだろうしな。私は、どちらでもなかったな。死んだら、の後なんて何も考えられなかった。死んだ先にも何かあると思いたくなかったし。無。死ねば無に。そう考えていた時もあったな。
まあ地獄は本当にあったわけだ。

「・・・で、こっちが玄関」

佐疫の目の向ける先にある両開きの扉。あそこがこの館の出入口だ。きっと特務室の窓のように私は開けることも、向こうに進むこともできないのだろう。

「最後に水咽の部屋。三階に上って右奥の部屋だよ」

歩く佐疫の後を追い階段を昇っていく。三階にたどり着き右に曲がり廊下を歩く。途中で平腹が一つの扉を叩き「ここオレの部屋な!!」と跳ねているのを一瞥して、一番奥の私の部屋だという扉の前にたどり着いた。丁寧に鍵がついている。他の扉には鍵穴はなかったがここだけついている。確かに”丁重”に扱われているみたいだ。

鍵を手渡される。鍵穴に差し込みガチャリと施錠を解く音を耳に入れてドアノブをつかむ。キィと開いた扉の先の部屋は真っ暗だ。窓はない。壁際にあるスイッチを押せば灯りがぱっとつき部屋の中を照らす。
ベッドに、机。衣装ダンスに本棚。シンプルだ。奥にも小さなキッチン部屋がある。もう一つ扉があり、どこにつながっているのかと開けてみればバスルーム。この部屋で普通に過ごせてしまう。

「案内はこんなもの。一応部屋に一通りのものはそろっていると思うけど・・・何かほしいものとか、ある?」
「・・・バスルームにもなかったが・・・鏡を希望するのはダメか?」
「鏡・・・、ダメだと思うよ」
「そう、か」


そうだろうな。
それに許可がおりるならあの男はああして私に首輪などはめやしない。
軟禁。違う。きっと”飼い殺し”だ。




「しかたないな」

そうなってしまったのは私が捕まってしまったからだしな。これはいけないものだとわかっていながら魂をたべた。こうしてここにいるのは罰だ。鏡を失い私のほしかった自由がなくなる。

楽な方に、と逃げた私に、お似合いの罰だ。