さよならばいばい





木舌、谷裂が見つけていた両手。
田噛と平腹が見つけてきた左足と、兆野の母親。
佐疫と斬島が見つけてきた右足と兆野の器。

ぬいぐるみの胴体を取り出した佐疫はそれぞれの一部を受け取り裁縫糸で縫い付けていく。

「あとは左足を・・・」

そこで少しだけ悲しそうに兆野の母親をみる。
母親はその左足をぎゅっと握ったままで離さない。まるでそこだけ石化してしまったように獄卒である佐疫の力でも抜けなかった。

「・・・兆野のお母さん、これは兆野の記憶だから返してほしい」

左足を掴み引き抜こうとすると力が籠る。

母親は離したくないのだ。子供を。それが依存からくるものなのか、孤独の恐怖からくるものなのか、また、よりを戻したいからなのかはわからない。それでも兆野に対して手放したくない、という気持ちがここに現れていた。

嗚呼、どうしてそれを兆野が生きている時にやってくれなかったのか。どうして共に寄り添い生を生き抜かなかったのか。どうして、そんなに離れたくないのならばどうして捨ててしまったのだろうか。

「・・・後悔しているのですか?」

ここで、初めて眠っていた老婆が、ゆっくり頷いた。
涙が目じりをこぼれうっすらを目をあける。皺だらけの顔がさらにくしゃりと皺だらけになった。


「・・・あなたは、兆野を愛してましたか?」


ボソボソと口が動く。聞こえない。
佐疫は口元に耳を持っていく。



「本当に、愛していましたか?」




耳にかすかにはいる声。

佐疫はその”答え”に小さく微笑むとそのぬいぐるみを握っている手からもう一度ぬいぐるみの腕を抜いた。

今度は、するりと抜けて、手元に何もなくなった兆野の母親はまた小さくボソリと何かを囁いてフゥと小さく息を吐いて―――眼を閉じた。





「――あなたの罪はなくならない。けれども、その罪のおかげで兆野と出会えた事には感謝します」






最後の一部を縫い合わせる。



全ての部品がそろったぬいぐるみはひとりでに歩き始め――――寝転がっている兆野の上に立つとそのまま消えて行ってしまった。



兆野の身体が大きく跳ねた。


「―――――ハッ・・・!」


止まっていた呼吸を吐き出し、頭を抱え嗚咽しだす。

バラバラになった記憶が一つに集結し再び兆野の魂と化した。生きていたころの記憶から今までの記憶すべてが兆野の身体中を走り回り、生前の忘れていた感情から獄卒となってからの怠惰の日々、そして特務課での辛くも素晴らしい日々、イドに魂を引き裂かればらけた魂達の元に届けられた仲間達の想い。

すべてが混ざり、離れ、長く感じた数秒間の苦痛を終えた兆野は、荒呼吸を繰り返し上向きに転がった。

「兆野大丈夫?」
「大丈夫か」
「きったねえ顔」
「いきってかー?」

「・・・・・・なんか、石階段の頂上から一気に下まで転がり落ちたみたいな気分」


それぞれの言葉に疲弊しながらも返事をかえした。
その気分の例えを田噛は「獄卒でよかったな」と鼻で嗤えば脱力した笑いを返す。


「かあさんは、」
「・・・兆野のおかあさんは息をひきとったよ」
「・・・そっか」
「安心しろ。兆野の母親の魂はきちんとあの世に連れて帰る」
「ありがと、斬島」

泣きそうになった兆野は頭をふって自分の両頬をパチン!と叩く。哀しみを振り切った兆野の姿に斬島は手を差し伸ばした。斬島につかまり起き上がる。

「肋角さんの所に行こう」

佐疫の言葉にへあ!?と兆野がすっとんきょんな声をあげた。



「ろろろ肋角さんもきてんの!?」


やべーやべーやべーよー、と顔を真っ青にしだす兆野は佐疫達の知る兆野。

懐かしく感じるようなその反応にそれぞれが笑うと「終わったら覚悟決めろよ?」と気だるげな橙色の瞳をかっ開いて脅しかけられ「ひいい!!」と佐疫に飛びついた。