保護者じゃないし!





困った。本当に困った。ううん。

「おかあさん!」
「俺は兆野のお母さんじゃないよ」

外套を掴み抱き付いてくる小さな兆野は可愛い。可愛いけれども違うんだよ。そうじゃないんだよ。俺は君のお母さんじゃないんだよ。

「斬島も見てないで誤解を解いてよ・・・」
「ん、ああ、すまない。兆野、こいつは母親じゃない保護者だ」
「それも違う」

親友も何を真顔で言うのか。ここは冗談を言う場所じゃないよ。
くせっ毛のある髪を撫でて抱き上げる。そうするとさらに嬉しそうに笑う。わあ癒される。

「どうしようかな・・・」
「これが兆野の記憶ならばどこかにぬいぐるみの一部が落ちているのではないか?」
「そうかもしれない。ちょっと探してみようか」

ここに兆野の記憶がいるとなると、この記憶を閉じ込めているぬいぐるみの一部がどこか近くにあるはずだ。それを手に入れてこの外套の中にあるぬいぐるみに縫い付けなければならない。

きっとぬいぐるみが完成すればばらけていた記憶がすべて元通りになる。記憶がひとつに戻だろう。そうしたら器を見つけ、中に戻せばきっと甦る。


「おかあさんどこにいくの?」
「落とし物を拾いに、かな」
「おとしもの?何をおとしたの?」
「とても大事なものだよ」

とても大事だ。今も大事。それがなくなってしまうのはとても悲しい事だから拾いに探しにいくんだよ。小さい君にはわからないかもしれないね。俺達が大事にしてるのは獄卒となってる君なんだから。

ふーんとよくわからない顔で悩んでる小さい子供の頭をもう一度撫でようとして手を近づけると、その小さい手が強く、つかんだ。


「あのね、僕にもね大事なものがあるんだよ?」

この無数の針が身を刺すかのような空気を俺は、俺達はよく知っている。存在の想いが外部に向いた時に感じる、緊迫感に俺も斬島も俺の腕の中でニコニコとしている兆野へと視線がいく。

にこりと微笑んでいる子供には到底似つかないそれに動揺を隠せないでいると俺の手を愛しげに抱きしめる。

ぐい、と引き寄せられる。

「おかあさん!」


「―――!?」

「佐疫!!」





床に引き寄せられていく身体は突然の事に対応できずそのまま黒い床に倒れる。




衝撃に目を瞑るがいつまでもやってはこない衝撃に、そして”落下”している感覚のない身に恐る恐る瞼をあげた。


真っ暗闇は変わらない。

ただ、斬島の姿はどこにもない。

そして足場もない。

宙に漂うかのように、水の中にいるかのように、重力を感じない。


その中で、少し下の方に、俺の知る獄卒の兆野が力なく漂っていた。

ゆらりと漂いそして少しずつ沈んでいく兆野。このままだとこのどこまでつづくのかわからない底に溶けて消えてしまう。

俺は水をかき分けるように彼の元に進む。水中のように泳ぐことができるのは良かった。

「兆野!」

兆野の腕を掴み、手前まで引き寄せる。名を呼んでも目を覚まさないのはきっと記憶がないからかもしれない。頬に触れる。獄卒はあの世の住人で意外と冷たい体温なのだけれども兆野は氷のように冷たく死霊のようだ。

「・・・ひとまず、上に」

どうやってここにきたのかはよくわからないが、床に倒れて落ちたのならば上に向かえばきっと出口があるはずだ。斬島のいる空間に浮上できるはず。足をかく。兆野の重みでなかなか動かないけれど少しずつ少しずつ上に登っていく。

「・・・、」

けれどどこまで登ろうとも色は黒く変わらない。こうも光景がかわらないと次第に本当に進んでいるのかがわからなくなっている。空気の流れはある。けれどそれだけで、こんなに息を切らしてもまだ上に届かない。

本当に、上に進んでる?距離は、変わってる?
段々と兆野を引っ張る体力が尽きていってしまい、肩で息を始めてしまう。兆野の体重の重みがつらい。

兆野が、目を覚ましさえしたら・・・。



俺の願いを聞き入れたように突然、兆野の身体が動いた。
まさか動き出すとは思ってなくて驚いて手を離してしまう。しまった。沈んじゃう。また捕まえようと伸ばした手を、つかんだのはただの器でしかない兆野の手だった。

「兆野・・・!」
「・・・、」

ぐっと落ちまいとこれ以上沈んでたまるか、と強くつかむ兆野―――って思ったんだけどクイっと上がった顔を見て俺はその手を振りほどき身軽になった身体で距離を離す。

外套から拳銃を取り出し兆野に向けた。


目の前の彼は、すでに”溺れていた”


「さえき、」

ねじの切れかけた人形のように不自然な動きで、そして薄気味悪く口を歪に弧を描き見せる兆野は、彼本人じゃない。
そうだ。兆野は今、器だけの状態。魂は記憶と共に四散している。その状態で動くとなれば、その身の中に兆野と違う存在が入り込んでいる証拠だ。

顔を上げた兆野の首がカクンと横に傾く。

「サエキ、一緒にいこう、さえきさえき」
「・・・兆野の器を返してもらうか」
「俺だよ、兆野だよ兆野だよさえき、兆野だよサビシイよさびしいでしょ?かなしいでしょ?だから、いっしょにいこう」
「・・・」
「一緒になれば、トモダチがタァクさんだから」

近づいいてくる兆野。

俺はごめんね、と小さく零して拳銃の引き金を引く。

ドン!という発砲音。弾は兆野の喉を貫通した。血がそこから零れでて、喉仏を潰され、気管に穴が開いた兆野はカヒュと空気だけを漏らした。

「それ以上、兆野の身体で勝手な事を言うのはやめてほしい。その器から出て行かないのであれば・・・お前達がその器に入れないほどになるまで解体する」

肉片一つでも残っていれば再生はする。非常に時間はかかるけれど、このまま器を利用されるのであればそうするしかない。






「さあ、どうする?」







記憶の中にいる俺について回る可愛い後輩にごめんね、ともう一度呟き今度はマシンガンを取り出して目の前の兆野に銃口を向けた。