あはは、本当?





兆野という名の獄卒は、特務課に期間的にやってきた。



ぼさぼさの黒髪の頭、煤竹色の瞳はヤル気がみえない。そして一番忙しい時期にやってきたものだから当たり前のようにあちらこちらからイラついた仲間からの叱責。

俺もちょっとあたっちゃったり、仕事で追われてるのをわかっていて酒を買ってきてと頼んだり。


可哀想だなーとか思ったけどまあ、いいや。






異常繁殖した怪異を退治した帰り。まだ夕暮れにもなってない時間帯で人通りがおおい大通り。さっさと館に帰って報告してお酒飲もう!そうスタスタと足を動かしていた。

そうすると人混みの中で、止まっている集団がいてそこ邪魔だなーとよく見ると兆野がそこにいた。

兆野と向かい合うように数人の人。


おれに気付かない集団。この騒音の中、あいまいに聞き取れる会話。元同僚と元上司。お前の代わりに。新人。お前より頭良い。

兆野のつまんなく笑っていた顔が翳ってる。

兆野は確か期間的に特務室に来たはず。つまり時期が過ぎれば元の部署に戻るはず。けれど今の会話を聞く限り彼の戻るべき席が”ない”と言われてる。

元同僚たちが去っていく。それを眺めてまた歩き出した兆野の顔は笑っていない。弱弱しい表情で歩いていた。


まるで、捨てられ居場所をなくした子供のようだ。

何処にも行く当てのない捨て子。
だって特務課の方でも居場所はないんだから。そうなれば、彼はどこに行かねばならないのか。行く当てなんてないんじゃないだろうか。


そうなれば、彼は。


「・・・。・・・・・・そこにいると邪魔になるよ?」
「お前」

おれに声をかけられると思ってなかった兆野の顔。
なんだか涙も滲んでないのに泣きそうな顔に見えて優しく手をつかんだ。

そして、このまま館に帰って一人酒を飲もうと思っていた俺は兆野を捕まえて酒場にひきこむ。



お酒を飲んだことがないという兆野。

そんな生きてる中でお酒が一番おいしくて楽しくやっていける必需品だというのに!おれは甘い酒を用意して飲むように勧めた。警戒心をみせながらも口をつけた兆野が次の瞬間、花が舞うかのようなパァと明るい笑みをこぼして「うめえ」とこぼした。がぶがぶと飲んでいく。

度は少し高い奴なんだけど甘さの方が強い。
このままいくと酔っぱらっちゃうかも。別にそれはそれで面白そう。

彼が注文したお菓子を横からいただきながら彼の前の職場について尋ねてみた。彼はそこをとてもつまらない所という。仕事がないからだらけて頭も使わない。定時までだらーと過ごす。たまに仕事があってもすぐ終わる。

特務課は忙しい所だからだらーとできるのはちょっとうらやましい。

そう言い兆野は忙しいもんなここ、と苦い顔でかえしてくる。
そこから一転、また笑みにかわった。表情がよくかわって面白いなこの子。

「けど、最近特務課で仕事前よりうまくいくようになって、楽しい」
「そうなの?だって忙しいでしょ?前のところより」
「ん、そーなんだけどさ。暇すぎてたぶん頭腐ってたんだと思うんだ。それで、だからここにきて頭と体バリバリ使って、なんか、佐疫にありがとうとか仕事でも言われる事増えてさ、たのしーって」
「へえ」
「だってよ、前の職場でありがとうなんていう奴いなかったもん。だるそーに当たり前のようにしてて、や、俺もだったんだけど・・・。だから、楽しい。忙しすぎると発狂したくなるけどな!」

そう腹を抱えて笑うあたり酔いが回ってる。

けれど、兆野の本音が聞けた。
それはとてもいいかな。

それに、兆野を厄介払いする奴らが多い特務課の中でも仕事をするのが最近楽しいんだという。そういわれちゃうとかわいらしく思えてしまう。

だってほら、最初、あんなヤル気のない目が今こんなにも楽しそうに嬉しそうに輝いてるんだもの。

おれはカルアミルクとは違う酒を用意してやった。たぶんこれ以上飲めば完全に酔ってべろべろになるだろうけど、こうやって幸せそうに特務課の事を、佐疫の話ばっかだけど、話す姿を見ているとこっちまで楽しくなってくる。

もっと聞きたいでしょ。そうなるともっとお酒飲ませて酔わせるべきでしょ。



「佐疫さんにたまにお菓子作ってもらうんだ、すげーうまいの」
「佐疫さんの仕事を少し引き受けたんだ。そしたら助かったりがとうって!」
「佐疫さんが」
「佐疫さんの」
「佐疫さんに」



・・・佐疫ばっか。

酔って顔を真っ赤にさせてる兆野は佐疫の話しかしてない。

笑っていた俺の顔もだんだんと不屈となってへ文字になってる。いやあ、なんか、佐疫ずるいよね。こんなにも幸せそうに話して犬みたいに尻尾ふってる後輩がいて。いいなあ。俺もほしい。

そのうち、兆野の口数が減ってきて、とうとう無言。
とうとう限界突破したらしく机に突っ伏して寝息を立てていた。

ゲップがでそうになってお上品に口に手を当てて空気を抜く。
うまかったうまかった。



「お勘定!」

「まいど!」


兆野を背負って外にでる。
外は夕暮れで、沈んでいく日が眩しい。


明日からもうちょっと優しくしよう。
そう思った帰り道。


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