視る





黒い影が立っている。
これはなんだろうって、見ていればそれはいつの間にか母親と入れ替わっていて。母親の顔はぼやけていて認識できないけれど、目の前の姿は確かに母親のものなんだとわかる。

俺の視点は低く、またいつかの夢と同じよう。
黒い影が伸びてきてそれがまた母親の腕になる。立ち尽くす母から不自然に伸びる腕が俺の首を掴み親指が気管を圧迫してくる。夢の中なのに感じる圧迫感と酸素が取り込めない苦痛。やめろ、と発した口から出た音は幼かった。

『ウフ・・・フフフ』

笑いだす母。とても楽しそうに笑いだす様は狂ってる。けれど、その笑いは幼い俺に一つの答えを持ってくる。
おまえなんていなければいい。そういってるんだ。
首が更に絞まり、若かった母の腕はシワだらけの骨が浮き出た腕に。精神病院にいる母の姿となっていく。黒い影が母の後ろに長く続いている。

いたい。
おれ。

『アハハウフ・・・!』

シワだらけの顔が歪んで笑う。
ギリギリと締め続ける手はその痩せ細った体に合わない力で首の骨をミシミシと折ろうとしてきた。もう声は出せない。喉で詰まる苦痛と、親に再度殺されるという夢に、あの頃、小さいころに、幼いながらに感じた絶望を思い出す。
いやだ。

早く覚めろ。
こんな気持ち、持ちたくない。

こんな。








「兆野!!」


「―――っあ!」


ガクリと揺れる視界に驚いた。

急に目を覚ましたからか視界は点滅を繰り返していてそれが収まった時に佐疫に上半身を強く揺さぶられて起きたんだと理解した。

「大丈夫?真っ青だよ」
「・・・あ、」

なんて言えばいいのか浮かばない。ただ夢の中に何かを置いてきてしまったみたいな虚無感と倦怠感に口は閉じてしまう。

「夕飯食べに来ないから心配してきたんだ。そしたらすごく魘されていたから起こしたんだけど」
「・・・嫌な夢を、見て」
「嫌な夢?どんな?」
「・・・・・・母さんが、俺を、」

夢を思い出せば胸が気持ち悪くなる。胸を抑えて黙った。これ以上、何か口にしたら俺は本当にどうにかなりそうだった。
それを察してくれた佐疫は背中をさすってきてくれる。それだけで俺はもう縋り付いて泣いてしまいたい。

「最近・・・そんな・・・夢ばっかで・・・俺」
「大丈夫だよ・・・もう、終わったことなんだよ」
「うん・・・わかってる・・・わかってるけど・・・佐疫、俺、おれさ」
「兆野、大丈夫だから」

俺の隣に来た佐疫がそっと俺を抱きしめる。
佐疫にそんな事をやらせた俺は卑怯で、けれど抱き寄せてくれた温かみが不安で溺れ死にそうな俺を助けてくれる。

「ずっと僕たちは仲間で家族だよ。忘れないで」
「・・・、うん」


安心した。

そうなったら俺の腹が夕飯を食べ損ねた事を主張してきてググウウウウと鳴いた。一転して恥ずかしくなって顔を真っ赤にすれば佐疫が笑ってくれる。

空みたいに広く澄んだ水色の瞳が俺を優しく見てくれる。


「ほら、じゃあお腹が鳴ってることだし食べ損ねた夕飯食べに行こうか」

「ぐ・・・はい」
「あはは」


仲間。家族。それはとっても嬉しい。こんな幸せな家族も仲間もなかったから。
だから忘れたくないなあ。うん。