ストーカー亡者4





空間を裂いてやってきた仲間達を見て俺は何度か瞬きをした後に佐疫に疑問をぶつけた。

「佐疫、お前女だったか?」

その疑問に顔を赤くして「違うよ・・・」と否定してきたのでそうか、とだけ返した。よく見ればどこか遠い目をしている田噛や楽しそうに自分の膨らんだ胸を揉んでる平腹にも女性の胸があってふくよかになっている。木舌は胸こそあるがいつも通り。

抹本は胸の大きさは変わらないがどこか丸みがある。そしてなぜかご機嫌気味だ。

なんなんだいったい。何故佐疫達も女になってるんだ。


「抹本が、相手が女限定に襲うなら自分たちも女になればいいって・・・」
「あ、あはは、窓やドアが割れないのも女性を逃がさないようにするためだと思って・・・。だ、だったら逆に女性になればこのビルの外には出れないだろうけど・・・」

そこまで説明をした抹本の言いたいことが分かった俺は成程と頷く。
用は亡者は女をこのビルから逃さないようにしてる。なら女になればこのビル内限定で歩き回れる可能性があるという訳だ。

俺達と兆野が引き離されたのは、俺達が男で兆野が今女だから、と。


「だから、はい」

抹本に手渡されたのはコルク栓で蓋をしてある試験管。赤紫色をした液体がそこに入れられていた。

「こ、これを飲めと言うのか!!?」

谷裂が、抹本の首元を掴みあげ顔を真っ青にして叫んだ。抹本がひええええ、と真っ青になる。

「おおお俺は飲まんからな!女になってたまるか!」
「谷裂ーそんな事言わずに兆野を助けるためでしょ?」

木舌が笑顔で近づいてきて谷裂の肩に手を置く。目の前にやってきた大きな胸を持った木舌に触るな!と今度は顔を真っ赤にして振り払った。青くなったり赤くなったり大変だな谷裂。

「斬島も飲むの嫌?」

そっと近づいてくる佐疫の顔は前よりも綺麗に見える気がする。気のせいかもしれないがまつ毛も長くなったような・・・。
そんな事を考えながらじっと佐疫を見ていたら顔を真っ赤にして「そんなに見ないでよ」ともじもじしだして前々の性格から更に女性らしい性格になってるような気にもさせられてしまう。

「いや、異論はない」

そんな事思ってる間にも兆野の貞操が危ないやもしれん。佐疫の女性化進行状況よりもこちらの方が大事だ。俺はキュポと蓋を取り一思いに飲み込んだ。納豆みたいな味だな。ご飯にかけたらうまいかもしれない。

飲んで数秒、胸元に重みが増してきたので見下ろしてみていると膨らんでいた。佐疫と同じぐらいの大きさで実際に己に女性の胸が生えてきた事におお、と感嘆の声をもらす。

「大きさはそれぞれなんだな」
「そこはまだ解明してないんだ」

谷裂から解放されていた抹本が嬉々として話し出す。なんとか草とどーのこーのとよくわからない説明が始まってしまい片耳から入れて反対側から流す作業をしつつ谷裂に顔を向けた。谷裂はまだ飲んでいないようで、試験管を睨んでいた。

「谷裂は飲まんのか?」
「貴様は抵抗を覚えんのか・・・」
「?なんのだ?」

谷裂の口がひくひくと痙攣。苦悶の表情を浮かべ数十秒、谷裂はやっと決心がついたのか一気に飲み干した。胸がムクリとふくらんだ。俺のと比べてだいぶ大きいな。

「ぶわっはっはっは!坊主頭におっぱいにあわねー!!」
「平腹ぁぁ!!後で覚えていろよ!!」
「ぷっ」
「木舌ぁ!!」

隣に立っていた木舌の首を絞め始める谷裂。
どうやら全員女になったようだ、と佐疫と視線を合わせる。いざ。その視線に佐疫も頷いてくれて目の前の開かなかったドアの取っ手を掴む。ザワザワと肌を撫でるような空気振動。どうやっても壊れず、開かなかったドアがギィとあいた。


「開いたぞ」
「はやく兆野を助けに行こう!」

佐疫の嬉しそうな声にそれぞれが動きを止めて頷きあう。

やっと中にはいれた俺達は薄暗い空間の中を、音を頼りに進んでいく。いくらかすれば暗闇にも目が慣れある程度ものが見えるようになる。気配に混じって幾重と聞こえる声。男の声と女の声がいくつも聞こえる。

「こっちだ」

誘われるかの如くに走り出し、たどり着いた部屋先。
暗闇の中で亡者達の塊がモゾモゾと暴れる何かを抑え込もうとしてる。床に剃刀が落ちている。衣類の切れ端も。だというのに兆野の姿がみあたらない。

「あそこだ」

田噛の一声に亡者達の塊へと目線を向ければ幾重のはみ出た手達の中から、二つの腕と手が必死にそれらを掴んでもがいているのがみえた。反対側には足が時折飛び出す。それをたくさんの手が抑え込もうとつかむ。

塊がひと際もぞりと震え、飛び出した頭。ねっとりとした何かで濡れた兆野が必死にそこから抜け出そうと暴れている。

「兆野!」

俺の声に気付いた兆野が、その煤竹色の目をこれでもかと見開いて、泣きそうな笑顔を浮かべた。

「斬りしまっぐ」

手が頭を中に押し込もうと圧をかけてくる。俺達を見つけた安堵で一気に踏ん張りが斬れたのかそのまま中にずぶずぶと埋まって行ってしまう。助けなければ。カナキリを抜刀し塊へと向かう。

「兆野を解放しろ!」

斬。刀で塊を斬る、が手等は切断できるがこの黒い塊が斬れない。中で俺の名を呼ぶ兆野の声が聞こえる。どうするか。

「兆野!鎖つかめよ」
「!」

田噛の持つ、鎖が黒い塊の中へと入り込む。ズブリと埋まった鎖。それを抜こうとする手達を俺達が斬り落とす。重力に従い床に落ちていた鎖がピン!と伸びて宙に浮く。それを見た田噛が思いっきり鎖を引き上げた。と、同時に黒い塊から全裸の兆野が飛び出してきて田噛の方へと飛んでいく。

ゲホ!と透明な液体を吐き出してゼイゼイ息をする姿をみて無事を確認した俺は正面に向き直る。あとはこの亡者を捕縛するのみだが、斬撃がきかないのであればいったいどうすればいいのやら。

「――な、かに!中に、ボールみたいのが、ゲホ、ある!」

「ボール・・・」
「おしゃあ!引き抜く!!」
「平腹・・・!」

平腹が楽しそうに八重歯をぎらつかせる。ズボリ!と手が黒い塊に埋まる。そうしている間に平腹の身体が手によって拘束させ中へと沈もうとしていた。
それでも気にも留めない平腹は、あったぞ!と声を上げると黒い塊の中から球体が飛び出てきた。

「うわあ、きもちわるーい」
「これが本体か!」

肉の塊。目玉が、内臓が、肉が皮膚が体の一部が球体となった塊だ。そこからもれる声。亡者同士で融合してしまった存在はとても醜い。谷裂がその塊を金棒で叩けば、空気の抜けたボールのようにしぼんでしまう。

そこまで忠実に再現するのか。


「――そうだ、兆野は無事?」

とりあえず大人しくなった亡者を縄でぐるぐる巻きにした後に佐疫が田噛の方にいる兆野へと駆け寄る。俺も同じように駆け寄った。

兆野は透明な液体でべっちょり濡れていた。
しかも、全裸だ。顔をゆでだこのように真っ赤にして外套をかぶせた佐疫に泣きついた。

「俺の純潔ううううう!!」

そう叫び泣き続ける兆野。純潔。間に合わなかったのか。
男でありながら女になってしまいそこからさらに貞操を奪われてしまうとは。

「ただローションまみれにされただけで何言ってんだばーか」
「うるさいばぁーか!ばぁぁぁか!お前には女の気持ちなんかわかるわけないだろー!!」
「あれ兆野も男じゃなかったっけ?」
「うるさい変態木舌!!何気に俺より胸大きいし!!!」
「えへへ〜」
「そいやあ、この中で一番胸ちっせーの田噛だよな!!まな板!!」
「あぁ?」
「よく言った平腹!田噛なんかまな板のくせにぃあ゛あ゛あ゛!!?」

青筋を浮かべた田噛が兆野の股に指を突っ込んだ。

猫みたいな悲鳴を上げて逃げ出し佐疫の後ろに。ゲラゲラと笑う平腹にはつるはしが突き刺さる。いてえな!とキレた平腹の肘が抹本にヒットし倒れる。谷裂がいい加減にしろと叫ぶ中、佐疫や俺達に胸があることに気付いた兆野がまた叫んでいた。

「・・・」

以外と元気だな。

ともあれ、良かった。






この任務の後に、兆野と俺達は抹本が作った薬によって男に戻ることができた。