ストーカー亡者




ダン!
俺は肋角さんの執務机をたたく。そこに置かれた任務内容が書かれた書類。書かれているのは”女を狙う亡者”。なんてこった。前回子供の時同様に俺はこの女になってしまった身体を任務に利用されようとしてる!俺男なのに!!
というかなんてこう毎回毎回タイミングよくこんな任務やってくるんだよ!何?!どういうことなの!?俺、閻魔庁に何かしたあ?!

「肋角さん俺嫌です!というかどうしてこんなにタイミングがいいんですか!!」


「タイミングがどうしてこんなにいいのかは知らん。――が、お前はコレをたべたくはないか?」

懐からスッと取り出したそれ。
俺はそれを目に映した途端、目を見開きそこから視線を外すことができない。

「・・・そっ、それは!」

肋角さんの手によって見せびらかされているそれは、プリン。だけどそれはただのプリンじゃない。卵からの選別だけではなく、鶏が生まれた時から選別され特別な餌のみを与えられ育てられた鶏が生み出した卵。そしてその卵さえも選別した卵を使用し、牛乳もそれと同様にして絞られたもの。

砂糖はもちろん高級品で、作り方はとても丁寧に温度をきちんと調節し作り上げたプルプルの身。カラメルは程よい苦みがあり、プリンの甘さとうまく合うように量を合わせている。獄都で今人気のプリン。完全手作りで一日10個も作れないといプリン。なのに人気故にいつもどうやっても!買えないそのプリン!!
それが今目の前に!!!

「肋角さんが、それをどうして・・・!!」
「ちょっとしたつてでな。この任務は本来男であるお前にとっては精神的に苦しいものがある。よって、特別報酬として用意したのだが・・・仕方ない。俺が食べよう」
「あっちょっとまってくださっ!」
「嫌なのだろう?そうだな、嫌だよな。女の身を亡者に晒すような真似をするんだからな」

プリンの器の上、蓋がパカと外される。そこから漂ういいバニラエッセンスの匂いに俺は思わず口の中で涎を分泌してしまう。ああ。なんていい匂い。閉じられる蓋。俺はもう、完璧にそのデザートの虜だった。

「や、ります・・・!やります肋角さん!!」
「だが嫌なのだろう?」
「そんな事ありません!大好き、大好きです!!仕事大好き!だから、それっ・・・!それ!!」
「よし、やろう」

トン。机に置かれたそれを俺はワナワナと震える手で触れる。持つ。蓋を開けて間近で匂いを嗅ぐ。おお。おおお。

「兆野、説明の続きだがお前を囮に谷裂、斬島が動く」
「ぅ・・・ゎはい」
「二人が亡者の元に到着するまで、亡者を引き留めろ。引き留めるのならどんな手を使っても構わん。むしろどんな手でも使え」
「いいにおい・・・はい!」
「よし。では、行って来い」
「はい・・・!」


もうプリンの事だらけで半分は説明頭入ってなかったな。
まあ、あれだ、女に興味がある亡者だろ?で俺が女っぽい服装して囮になるってことだろ?よし任せろ!メンバーは谷裂と斬島だから大丈夫だ安心できる!すぐ終わるし!!
それで終わったらプリンだ!やっほい!!










って思ってたのがつい朝方。
なんですぐ終わるってやっほいなんて思ってたのかね!?

亡者を誘い出したまではよかった。次々とドアを抜けて二人がいる通路までヒールをはいた足で必死に走っていく。後ろからはいくつかの似たような魂が融合した亡者達が俺を追いかけていてしきりに伸ばしてくる手などを剃刀で切っていく。

このドアをくぐれば二人がいる。
ドアを壊すのもめんどうで剃刀でそのまま破壊しようと前方に振った。

ガギッギギ!
刃が鉄のドアにぶつかり、吹っ飛ぶはずだったドアは、けれど刃がぶつかるだけで傷一つ付かず力の行き場をなくした剃刀は表面を撫でるだけ。

「あ、ああ?!」

壊れねえぞ!?近づいてくる亡者達を背にもう一度剃刀をぶつけるがやっぱり鈍い金属音がギギギとなるだけで壊れない。脚を振ってヒールを投げ飛ばして脱いで素足で蹴る。ガン!といい音がしたけども壊れない。

何度か蹴りを繰り返して、向こうで待機してるはずの二人の名前を呼ぶ。

「谷裂!!斬島!!!」

背後を確認しながら応答を待ってると同じように向こうからガン!とドアを叩く音。蹴る音とかは聞こえてるみたいだった。声は。

「兆野、聞えるか!」

谷裂の声。声も聞こえるみたいだった。

「ドアが壊れん。それどころか壁も破壊できない。そっちはどうだ?!」

壁。ドアから視線を外して壁をみる。むき出しのコンクリートの古ぼけた壁に狙いをつけて剃刀で切り付けるも一欠けらも壊れることはない。おお。まじか。

「こっちも壊せねえ!他に出口ってあったっけか?!」
「確かその部屋の反対側の一番奥にもこの通路と繋がる扉があったはずだ」

斬島の言葉に、うげえ!と声をもらしたくなる。
だって反対側って亡者がこっちに向かってやってくる方じゃん。そいつ避けて抜けて反対側に逃げろってか?
俺の不安を読み取ったのか斬島が俺の名前を呼んだ。

「兆野。お前は速度が速い。お前ならきっと抜けられる」
「・・・けど」
「大丈夫だ。自分を信じろ」

じゃあまた。そう斬島の言葉の後には二人はそっちのドアに向かったのか気配がなくなった。うぞうぞと空気に溶け込むくらい影。追いついてきた亡者の姿に生唾を飲み込みながら俺は震える手で剃刀をグッと握り息を吐き出して、―――覚悟を決めた。