「抹本ー」 肋角さんに言われて引きこもってゲフンゲフン、病院で仕事をしている抹本の所にご飯を持っていくことに。リコリス病院で、俺も前に一度だけ世話になった病院だ。あの世での病院ってのは珍しく思えるんだけど実は来る奴多い。 腕がもげただとか、身体の調子が悪いだとか。現世とそんな変わらない。というか獄卒という職業だけがとても特殊だ。怪我も病気もほっとけば治るっつーな。 それでも辛い時や早めに治療したい時には獄卒達もいくみたいだけど。 俺?俺は健康です。病気なんてしませんよーってな。 抹本のいる部屋をあける。薬品の匂いがする。目の前の机の上には資料やら何かよくわかんない薬やら試験管、ビーカー、調合道具その他いろいろがおかれてる。けど抹本の姿がみえない。 どっか言ってんのか。ひきこもりじゃないのか。なんだ。つまんね。 キリカさんが作ってくれた飯の入ったバスケットを机の上に置いて部屋を見渡す。今回ここにくるのは初めてってのもあって物色したい気持ちに。 棚にはいろんな薬物。多分、病院で使われる薬から毒物までがそろってる。アルコールぐらいかね、俺がわかんの。 本棚にある本の表紙はよくわかんね。薬物関連だろうけどな。毒物大百科ってこええ。抹本が纏めたであろう資料もあって、手に取って覗いてみる。可愛らしい文字だな。女子高校生が書くような字体をつかう抹本を想像したら笑いそうになる。 「つうか、抹本もどってこねーなー」 糞でもしてんのか?なんて。 資料をしまって今度は机の上を物色。いい匂いのするバスケットの中身はサンドイッチだ。いい匂いの誘惑に負けて中身を見ると俺が食えそうな林檎がある。いただき。 シャリという音を鳴らしながら試験管に入った青い色の液体を眺める。凄く鮮やかできれいなんだけどこういう鮮やかなのとかきれいな奴って大概毒だよな。きのことか特に。 大きなビーカーに入ってるのは赤い液体。というか血にも視える気がするだけどマジなんだこれ。 「あ、やべ」 机の上に手を置いた所に丁度資料が重なっておかれてて俺の体重でズルリと滑った。資料が滑った先にいくつもの試験管が置いてあってそれにぶつかる。床にそれが落ちてパリンパリンパリン!と割れた。 途端に黒い煙と納豆が腐ったようなカビのようなドブのようなにおいみたいなおぞましい悪臭に息を詰まらせる。 「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 頭がどんどん痛くなってきた。つうか臭い!臭い!!目も染みる! 頭痛と吐き気の中、煙が部屋を充満していって視界も何も見えない。ジリリリリと防災装置が発生したのか上から水が降ってくる。最悪な事にそれは逆効果で、ジュワアアアアと床にこぼれ混ざり合った液体が更に蒸発し臭いを濃くする。 あ。もーむり。 強烈な臭いで死ぬとは思いもしなかったけど、呼吸なんてできず俺はそのまま意識を手放した。もしかしたら死んでるかも。 うえ。 「・・・、・・・」 「・・・」 「・・・・・・、」 水の入った鼓膜のようにぐにゃぐにゃと何を言っているのか聞き取れない。 鼻を刺激していた臭いはいつのまにかなくなっていて、呼吸をしてもつらくないのがわかった。そうなると意識の覚醒も早まり瞼が震えてゆっくりと目を開いた。 明るさに目が怯みそうになる。 視界に、抹本とリコリス病院の婦長さんと先生が俺をのぞき込んでいた。 目を開けた俺を見て抹本が安心したように笑みを浮かべる。 「よかった・・・。あ、けど・・・よかったと言えばいいのか・・・」 「?」 安堵の笑みを浮かべた抹本はすぐに困った仕草を見せる。つぎはぎな帽子を被り顔を鼻より上隠している先生は「このぐらいならば平気だろう」と笑う。どこか肋角さんに似ているようで、うさんくさい言い方だ。 それにしたって、何に困ってるんだか。重い身体をゆっくりと起こす。んん。重いっていうか重いぞ。心臓当たりが、というかなんか、胸が重い。つうかなんかある。 あ? 「・・・せんせい、」 「なんだね?」 「俺のむねに、むねがあります」 「誰だって胸はあるさ」 違うんです先生。それは知ってるけどそうじゃないんです。 「それより兆野さん?いつまでもその胸を掴んだままというのは止めた方がよろしくてよ」 「・・・・・・・・・せんせい、胸が」 婦長さんの言葉でとりあえずつかむは止めた。 けれど見下ろして視える二つの柔らかい山に、絶句。 この今感じているのが絶望なのか恐怖なのか。そこらへんの気持ちがあるのだけどこういう体験は初めてでとりあえず混乱、困惑というのがもしかしたら正解なのかもしれない。 青ざめながら先生をみる。 フム、と先生も不思議そうに胸をみている。 「おっぱいが」 「そうだね、君は確か前の診察では”男性”だったね」 「おっぱいが、・・・」 もしかして。 恐る恐る股間にそっと手を当てる。 「・・・・・・・・・せんせい」 「・・・なんだね?」 「俺の息子が、ないです」 魂抜けそう。 婦長さんが「毒虫さん、どうやら完全に性別がかわってしまわれてるようで」とか冷静に言っていて毒虫と呼ばれてる抹本は「そうですね水銀さん。どの薬が混ざり合ってこの結果がでたのか気になります」なんて言ってるもんだから俺は、呆然自失から復活し抹本の首を絞める。 「ぅぇっ・・・!ぐるし!!」 「抹本薬つくれ!いますぐに!薬!!!俺を男に戻せ!!!!」 「わっ・・・わかってるよぉ!!だからお願いだからそれ以上首に力いれないで!」 「うゎああぁぁぁぁあぁ!!!」 マジかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお 元に戻らなかったら抹本コロス。 「―――なるほどね。けれどそれだけでもあるね」 「・・・行きたくありません」 「兆野、君の帰る場所は館だよ?仕事もあるね?」 「だって・・・」 まるで子供のように、一歩も動こうとしない俺。 先生が災藤さんを呼んでくれたのだが、俺はこの姿で一歩として外に、そして”男”であったと知る仲間達の所に戻るのは嫌だ。絶対、絶対絶対絶対反応がヤバイに決まってる。田噛や平腹からは絶対爆笑されるだろうし、谷裂には近づくなって言われそうだし・・・。 木舌なんか絶対絶対絶対!また変態化するに決まってる!! 俺はあいつに犯されるんだ!!!それで佐疫に嫌われるんだあああああ!!! 「薬が完成するまで俺、ここから絶対ぜーったい!出ません!!」 「えぇ・・・それ困るよぉ」 誰の薬のせいでこうなったんだ抹本!きっと睨めばひぃ!とその垂れた目をそらし先生の後ろに隠れる。 「兆野やめなさい」 「・・・・・・ハイ」 溜息が俺の傷心中の心を抉る。 「抹本は早めに元に戻す薬を作ってあげなさい」 「あ、はい!」 「それで兆野は私と戻るよ」 「い、いやです!」 「我儘を言わない。次、断ったら獄卒やめてもらう」 「っぅ・・・・・・・」 「さあ、帰るよ」 「・・・、・・・・・・ハイ」 もうちょっと優しくしてくれたっていいじゃない! とか少し思った。 ああ戻りたくねえ。 |