一時的に配属されてきた兆野という獄卒は何をやっても遅かった。 慣れていないんだろうと丁寧に教えても理解するのに時間がかかっている。 そのくせヤル気のない態度で仕事をするもんだからおれはだんだんとイライラしてきてついあたってしまう。よくないよね。 仕事が終わった後に冷静になってあんな言葉は言っちゃダメだったな、と反省。この時期本当に忙しいから冷静になり切れない。みんなそうだった。まだ一週間しか共にしてなくて仕事についていけてない邪魔をしてしまうときもあり、仲もよくない。だからみんな、仕事で溜めこんだイライラをぶつけてしまう。よくないことだよね。 そんな気持ちの中、キリカさんに相談されたことがあった。 兆野は買い物などを手伝ってはくれるが、食堂でご飯を食べたことが一度もないと。どこでどんな飯を食べているのか、栄養は偏っていないか、キリカさんは心配そうに言っていた。確かに、食堂で一度も出会ったことがない。 いったい何を食べているのか。彼が合間によく食べているお菓子が思い起こされる。 まさか、お菓子が主食、なんてこないよね・・・? けれど予想は的中。兆野はお菓子をご飯の代わりとして食べていたのだ。不健康だ!おれは兆野のお菓子をすべて没収した。 この世の終わりみたいな顔で絶望していた彼へと食堂に来い、と命令して部屋を出た。 次の日、彼は食堂に何かにおびえるようにしてやってきた。 おれと視線が合うとひくついた笑みを浮かべている。 そんな兆野を捕まえ席に座らせさんま定食を置いた。横目で彼を監視。顔が真っ青。そんなにお菓子がいいのだろうか。こんなにおいしいのに。それにムカッときて冷たく言葉を言い放つ。 ビクリと震えて尋常じゃない震えの手で箸をつかんでいた。 箸の先が、米をつまんで。 口の前で、止まる。よく見ると唇が紫色に変色している。 どんだけ食べるのがいやなんだろう。 汗も滲んでいる。目の焦点があってない。なんか、これ、やばいんじゃないの、と彼の今にも死んでしまいそうな姿に冷静になったおれは一度、兆野に声をかけようとした。 米が口についた瞬間、兆野の身体がグラリと崩れた。椅子からずれ落ちて床に倒れる。 箸がカッラーンなんて音をたてた。 「え?」 食堂にいた仲間達も静まり返る。 おれも倒れた兆野をみて、硬直する。 「ねえ、ちょっと・・・!」 身体を起こして頬を叩く。死体のように真っ青な顔は反応がない。まさか!と思い口の前に手をあてる。 ―――息をしていない。 「死んだ・・・」 兆野は死んでいた。 「佐疫、兆野はどうしたんだ?」 「そっ、それが、死んだみたい・・・」 「は?」 近寄ってきた斬島にそう伝えればポカンと目を見開いて、兆野をみた。 信じられない。そういう顔。おれもそうだった。信じられない。お菓子が主食だからご飯嫌いなんだろうな、とは思っていた。 けれど、死ぬほど嫌いだなんてきいてない。 というか本当に死んでるし。 「ぶっは!!どんだけ飯嫌いなんだよ!」 ケタケタと笑いだす平腹。空気を読んだ田噛が無言で平腹を沈めた。 そんな中、上司である肋角さんがいつもよりだいぶ静かな食堂の様子を見にやってきた。 「静かだな・・・どうかしたのか?」 「肋角さん!それが、兆野にご飯を食べさせようとしたら・・・死んでしまいました」 「は?佐疫、最後何と言った?」 「あの、死んでしまいました」 「・・・・・・・・・・・・真か?」 「はい」 「・・・。」 肋角さんも目を見開き死んでいる兆野を見た。みんな同じ気持ちだろう。それから眉間を抑えて息を吐き出した肋角さんはおれをみた。 「佐疫、すまないが兆野を部屋に運んでおいてくれ」 「はい」 「今日、閻魔庁から兆野の履歴書が届くはず。何かしらの記述があるやもしれん」 そう伝えた肋角は周囲に、仕事の時間が近づいているから、と伝え食堂を後にした。 「肋角、彼の履歴書届いたよ」 「ああ」 一枚の書類が届いた。それはこちらの人手不足解消により一時的に閻魔庁から借りた人材の履歴書だ。肋角は災藤からそれを受け取り中身を取り出す。 「・・・子供だったのか」 「彼が?」 「ああ、八歳で窒息死。軽罪を償った後、獄都の民として住み閻魔庁情報課に勤め―・・・50年か」 顔写真は、生前の幼い写真と現在の姿を変えた彼の写真二枚がはられている。生前の名前、獄卒となった際に与えられた名前。 概要欄には、生前の一生を簡潔にまとめられている。 「偏食・・・」 その文章の中で、今朝の彼の死因であろう記述も書かれていた。 ”原因不明の偏食により菓子以外の食物は口にできず心労の重なった実母により絞殺される。獄都民となり獄卒となった現在も偏食は強く残り口にすれば死に至る” 読み終わった書類を机に置く。 災藤も内容が知りたかったのかそれを手に取り目を通していた。 「肋角はよくよくこういう子たちと巡り合うね」 「否定はせんな。佐疫とキリカを呼んではくれないか」 「わかったよ」 一つ返事に特務室を出ていった災藤を見届けた後、肋角は煙管を手に取った。 |