『あー、逃げたー』 こいつらは亡者だが、姿も意思もしっかりとしている。それは、それほど”強い”ということだ。邪念に飲み込まれず自我を保つ存在は、強い。そこらへんの亡者よりも何段階も強い。んな奴滅多にいない。 だから”目を付けられた”兆野を遠ざけた。 あいつはまだ亡者に対して弱い部分がある。しかも不運にも亡者に”狙われやすい質”だ。おそらくは純粋であるからこそ亡者達の目から見たらおいしそうな食い物に視えるんだろう。 ――亡者が二体。 「メンドクせえな」 平腹がいりゃあ、楽ができんだけどな。あの馬鹿はこういう時ばかりいない。俺一人で対処できるかどうか考えるが無理そうだ。あとは兆野が連絡を付けてくれるかどうかだが、どうなんだか。 うまく連絡取れて居場所の判別につながればいい。 地面に突き刺さっていた包丁がひとりでに抜け宙に浮く。自我を持ったように宙を飛空し錆びた刃の先がこっちに向かって―――くる。 身をずらし避ける、も包丁は旋回、俺へと執拗に飛んでくる。包丁ひとつならいいが、三つ四つと円を描き方向を変えて飛んでくるのを避けるっつうのは難しい。 ツルハシで一本を叩く。ガキン!と地面に落とすも何事もなかったようにまた動き出す。ポルターガイストもここまでくりゃあ随分と脅威だ。 『やっぱさっきの奴がいいよ、にいちゃん!こいつ避けてばっかでつまらない』 『もう少ししたら戻ってくるから待ってろっての!』 『今がいいよー!』 もう少ししたら戻ってくる? 気になる言葉を出して、ヤダヤダと駄々をこねる低い男。高い男が何を言ってもやだ!と喚き、ついに高い男がうるせえ!!と大声を張り上げた。鼓膜が震える。低い男が、ピタリと動きを止める。 『お前さー!マジでうるせーんだよ!!うぜえ!!そういう所あの女とそっくりで糞うぜえ、塵屑!クズクズクズクズクズ!!』 低い男の髪を掴みあげる。ブチブチといくつもの毛が抜かれる。痛さで顔を歪めた男の腹に蹴りをいれた。身長の低い男は、そのまま倒れる。身長の高い男が更に追い打ちをかけて蹴る。蹴る蹴る。蹴る。蹴る。 屑!屑!そう叫び蹴り続けた男は次第に下品に笑いだす。その顔は、まさに亡者。どす黒い闇をその身に纏い苦痛と快楽をその顔にのぞかせている。 『アハ、ハハハハッ!!屑!ゴミ!みんなゴミ!あいつらもゴミだ!!死ね!死ねしねしねしね!死んじまえよ!俺たちをなじるやつらみんな死ね!!』 『にいちゃん、にいちゃん、にいちゃん』 『ヒハ、なんだよ。どうした?またやられたのか?どこをやられたんだ?にいちゃんが仕返ししてやる。どこだ?』 『おなか。あたま。うで。あし。ほほ。いたい。いたいいたいいたいいたい』 『痛いか!痛いよなあ!俺もお前もあいつらに死ぬまでサンドバックにされたもんなあ!!ホラ、ほらほらほら、もう痛くない!いたくない!!いたいのいたいの飛んでけだ!いたいのは、ホラ、そこにいるくそったれな奴に全部、ぜんぶぜんぶうつしちゃえ!!』 『えへへ、いたいのいたいの飛んでけ飛んでけ、いたいのは』 低い男が起き上がる。黒く染まっていく身。あはは、と弱弱しい笑いを溢しながらその目から血を溢しながら腫らした顔で、こっちをみた。 高い男もこっちをみる。 前歯がいくつもかけた口で笑う。額がさけてそこから血をだらだら流し、脳みそをのぞかせながら、わらう。 亡者は更なる変貌を遂げた。身にピリピリ来る亡者の圧力にツルハシを握りなおし舌打ち。 きついどころじゃねえな。 「・・・我慢は好きじゃねーんだよ」 今回ばかしは、一番運が悪いのは兆野じゃなくて俺かもしれないな。 さて、どのぐらい嬲られ続けるのか。 何回、死ぬのか。 「・・・くそっ」 せめてものあがきに迫りくる亡者共へとツルハシを定め振りかざした。 |