まじやめろよ!




あれからどのくらい経ったのかわからない。
カンテラの灯りをじっと眺める。田噛は軍帽を顔にのせて静かに寝息を立ててる。それに腹たつけど、正直独りにならなくてよかったって思ってる。

もし俺だけがこの小瓶に取り込まれてたら、この空間が小瓶の中だってこともわからなかっただろうし、カンテラなんて持ってなかったから灯りもなくて自分の姿も見えない真っ暗闇の中、いつくるかわからない救助を待ち続ける羽目になってたかも。

それを考えると、とってもとってもとっても!腹は立つけど独りにならなくてよかった。


平腹は今頃どーしてんのかな。
佐疫は、もう寝てるんだろうなあ。佐疫助けに来ないかなー。


音もない空間の中、俺の溜息と田噛の寝息だけ。
今何時だかもわからないし、こうして起きてはいるけど何も変化ないし寝ちゃおうかな。寝てもいいよね?

ちょっとだけ、目を閉じても、いいよね?




キュポン。

上からいい音がした。
いやいや、いい音じゃなくて栓が抜ける音がした。上を見ると白の三日月が―――違うあれ目だ。白い眼が三日月に細められてこの小瓶の中身を覗いてる。

外だ!
田噛を起こそうと寝てる所に近づく。

「田噛!」
「・・・ぁあ?」
「上!うえ!!」

軍帽をとって頭をぺしぺし叩けば眉間に皺を寄せて目を開ける田噛。上!と指をさせばその気だるげな瞳は上へと向かい起き上がる。
上の覗いている目はまだ三日月で、あれは笑ってるんだって理解する。つまりこの小瓶を持っていた何者かが覗いてるっていうわけだ。

空間が揺れる。

「わっ」

カンテラやツルハシが横にズズズーと滑る。俺達も横になっていく空間に従いずるずる滑っていき壁の部分に身体をぶつける。
そうすると今度は逆に重量が働いて反対方向に転がってしまう。

カンテラが壊れて暗くなった。
なにもみえない。

慌てて上を見ると目だけははっきりと見えた。なんとか起き上がって田噛の名前を呼んだ。

「ここだ」

足首が掴まれて案外近くに田噛が転がってた。
またぐらりと揺れる。

「兆野、受け身をとれ!」
「え?!は!?うわあ?!」

身体がふわりと宙に浮いた。
違う違うさかさまになった!小瓶が逆さまにされて、中にいる俺達も逆さまにひっくり返って落ちてるんだ!



身にくる衝撃に構える。

衝撃はこなかった。
代わりにゲラゲラと下品な笑い声が耳を刺激した。



『こいつ馬鹿だ!馬鹿馬鹿馬鹿ばか馬鹿バカバカ!!!』
『にいちゃんんな事いっちゃかわいそーだよーケラケラ』

下品な笑い声よりも幼い声だけど、馬鹿にするような笑い声。
いつまでも来ない衝撃に身を固めつつ声の持ち主を見るために恐る恐る目を開ければ身長の高い男と、身長の低い男がこっちを見て面白そうに笑ってた。誰だ?
あ、田噛は――いた。起き上がって、目の前の二人を睨んでた。

「お前ら――・・・亡者か」
『あー?そーだけど何?』
『なに?なになになに?つかまえちゃう?つかまえちゃうの?』

ゲラゲラケラケラ笑い続ける身長差のある二人の男。小ばかにするように目を三日月に歪めて笑うふたりがふと俺に視線を寄せてきたもんだからビクリと震えて一歩下がってしまった。

田噛の鋭い視線が隣から!痛い!スイマセン!逃げ腰になってすいません!


『ね、ごくそつってどんな奴らか気になって捕まえてみたけど案外弱そうだよねにいちゃん!特にそこの馬鹿』
『そうだな!ドンだけ強いのか気になって連れてきたけど弱そうだ。あっ、けどごくそつって死なないんだっけ?』
『僕たちも死なないよにいちゃん』
『そーだけどよ、亡者には限度があんだろ?こいつらごくそつはその限度あるのかって考えてみたんだけどな』
『あー、確かに』
『だろ?』


二人でわちゃわちゃと会話してる。こいつらなんなんだよ、亡者ってこんなんだっけか?もっと欲望に忠実っていうか、ちょっとおかしいつうか全体的に姿も性格もおかしい奴らでそろってんのに目の前の二人は案外普通に会話してて容姿も普通だ。

低い方が高い方をにいちゃんって呼んでるからたぶん兄弟なんだろうけど・・・。
まじなんなんだよ、興味本位でさらったんなら戻してほしいんだけど。


またケラケラゲラゲラと笑いだす二人の男。
下品な笑い声と小ばかにする笑い声は嫌に耳に響く。笑うなって言おうと逃げ腰気味だった身体を一歩前に進ませたら―――田噛に回し蹴りをされた。

しかもマジ蹴り!踵が腹にめり込んだ!
一瞬、視界が真っ白になって床に倒れた衝撃で視界を取り戻す。吐き気を抑えながら身を起こす。


俺が立っていた場所には包丁が三つ四つと突き刺さっていた。


『じゃあ調べてみよう!』
『ならにいちゃん、まずは馬鹿な奴から!』

『コロソウ!』
『殺そう!!』


なんで亡者はいつも俺を狙うんだよ!!
まじ、やめろよな!!


「兆野、先行ってろ!」
「!・・・だけども!」
「お前を補助しながらなんてめんどくさすぎるんだよ。先に行って斬島たちに連絡とれ馬鹿」

「・・・ぅ、はい!!」

ツルハシを手に持ち兄弟の前に立つのは田噛。
さすがに田噛でも亡者二人を相手にするのは無茶がある。けれどもまだ亡者とうまく戦えずしかも武器もない俺がいると邪魔にしかならない。

田噛の橙色の目が早く行け、と促す。俺は走った。
亡者に背を向けて闇の中に身を投じる。

携帯を懐から取り出し館に電話をかけた。
プルルル、と聞こえ出した電子音に、どうか、繋がりますようにと祈った。