マジ…






がやがや。たくさんの妖怪、獄卒があるく夜の獄都。それぞれが話に盛り上がり、酒に酔い、笑いあうそれは現世と変わらない。呼び子が客になりえる存在を明るく引き留め、妖艶な笑みを浮かべた美女が絡み、酒と書かれた赤ちょうちんと注文表を手に歩く存在を引き留めようとする。

そんな道にある一つの店。大きな赤ちょうちんをぶら下げ和風洋風が混ざり合いつつも見事に違和感なく飾り気を出している居酒屋の出入口に『貸し切り』という板がぶら下がっている。

その隣には立て札があり『特務課御一行様』と達筆に描かれていた。



「おつかれー」
「あ、佐疫に斬島ぁー、お疲れさまぁー」
「もう飲んでいるのか」

仕事を終えた佐疫と斬島が酒屋にはいれば、木舌一人が胡坐をかいて焼酎の入ったグラスを手に大きく手をふる。頬は朱に染まりすでに酔っぱらってるのがわかる。まだ始まってすらいないというのに。

「木舌、まだ始まってもないよ?」
「だって、暇なんだもん。おれだけ今日休暇でさぁ、事務仕事してたはずの兆野もいつのまにか消えちゃってるしー」

寂しいから先に呑んじゃったー!そうヘラヘラ笑う木舌に溜息を溢して席に着く。席についてすぐにグラスを手渡されビールを注いでくる。

「ほらほらぁのんだのんだー」
「みんなが揃ったらね」
「えー。斬島は?」
「揃ったらだ」
「ぶー」

一口も口をつけてくれない二人につまらなそうに口を尖らせた後、焼酎を水のように一気に飲む木舌。ぷはあ、と満足げに息を洩らす。

これは最初からどんちゃん騒ぎが始まりそうだな、と佐疫と斬島は目を合わせた。

ガラガラ。
酒屋のドアが開いた。


視線を向ければ、谷裂。その後に続いて田噛に平腹、抹本、と順々に姿を現す。

「木舌貴様・・・」
「大丈夫!まだ酔っぱらってないからね!!」
「酔っぱらってるじゃねえか」
「肋角さんまだ?!」

木舌の様子に今年も忘年会は大変な事になりそうだと予想した谷裂田噛は溜息を吐きながらなるべく木舌から遠い席を選び座る。同じように距離を離れて座ろうとした抹本は平腹によって押されてしまい木舌の隣へ。オドオドと挙動不審になった抹本に差し出されたのはジョッキサイズのビール。

手渡されたそれをみて抹本はこれでもかというほど息を吐いて落ち込む。

忘年会に参加する獄卒のほとんどが集まってきた状態で、メンバーを見渡していた佐疫が首を傾げた。

「兆野どこにいるか知ってる人いる?」
「ふぉ?兆野は今、事務仕事してる!」
「ええ?」

そんな多い量じゃなかったはずなんだけどな、とさらに首を傾け、ある事に思考が行きつき平腹と田噛へと冷ややかな視線を向ける。

「・・・もしかして、仕事放棄させて任務に連れて行ったりなんてこと・・・してないよね?」
「してねぇよ」
「した!」
「・・・平腹しね」
「いで!!」

素直に回答した平腹の頬を殴る田噛。この二人はよく兆野を任務に連れていく。楽をしたいのか兆野を鍛えたいのか真意はわからないが、兆野の仕事をサボらせてまで連れていく行動は到底褒められることではない。

特務課に来て初めての忘年会だというのに兆野が報われない。

それからしばらくして予約時間から30分過ぎたころ。
ガラガラ。二度目のドアが開く音。
高身長の為に腰をかがめて入ってきたのは特務課をまとめる肋角。鮮やかな赤の目が仕事の時よりも幾分か穏やかである。

「待たせたな」
「どうも」
「・・・」

肋角に続き災藤も現れる。そしてその後ろから災藤の裾を握る兆野もやってきた。むすっとした顔で鼻をズズッと啜っている。

「兆野、良かった!」

兆野が間に合った事に嬉々として彼に近づけば無言で災藤の後ろに隠れてしまう。なんとなく目元が赤い気がして佐疫はすぐさま笑顔から心配の顔に返る。

「どうかしたの?」
「兆野、ほら佐疫の所に行きなさい」
「・・・はい」

災藤の言葉に今度は佐疫の袖を握る兆野。身近できちんと見るとやはり目元が赤くて段々と目じりに涙が溜まってるではないか。今にも泣きそうになってる兆野に驚きつつも触れてやればとうとう決壊しポロリと涙がこぼれた。

「館を出る前に見回っていたら兆野が泣きながら一人で仕事をやっててね。それで・・・」
「俺達も手伝って終わらせてきたわけさ」
「そうでしたか・・・」

ぐしぐしと涙をぬぐう兆野。

ここに来て初めての忘年会。参加したいのに仕事が終わってなくて参加できない。誰も、自分の所に来てくれない。気にしてくれない。獄都で50年と存在してきた兆野だがそれでも死んだときの年齢は8歳。ここで長く存在していたとしても生前感じていた”寂しい”感情は強く残っている。

自分の責任じゃないのに仕事が終わらなくて、時間が来ても行くことができない。誰かが助けてくれたり、迎えに来ることもない。まるで仲間外れにされた子供のよう。しかも上司である人に手伝ってもらってしまった申し訳なさ。

「田噛、平腹」
「・・・はい」
「ハイ」

後ろからでも兆野の泣いてる姿は見えるだろう。名を呼ばれた二人が悪いことをしてしまった子供のように罰が悪そうにこちらへとやってくる。肋角の赤い目と災藤の青灰の目が二人を見やる。

「お前たち二人が兆野本人から承諾をとり任務に連れていくのは構わん。だが、兆野には兆野の仕事がありそれによってほかの人よりも働き疲労しなければならないことを覚えてくれ」
「特に今回のは忘年会に間に合うように仕事をそれぞれ合わせたのだからね」
「・・・はい」
「・・・はい」

やんわりと諭す肋角と災藤。
”何かいう事は?”という視線に兆野へと顔を向けた二人はぎこちないながらにも頭を下げた。

「悪かったな」
「ごめん!」

頭を下げて謝罪してきた二人へとそろりと視線を向けた兆野は長い沈黙の後に小さく”お菓子”とつぶやく。


「お菓子・・・おごってくれたら・・・許す」


お前本当にお菓子好きだな、と呆れつつもおごると約束した田噛と平腹。
二人の良い返事に兆野は最後にたまっていた涙をポロリとこぼした後に円満に微笑んだのだった。