ある日のこと。 情報管理課の端っこの方でだらだらと大好きなキャンディをガリッと噛んでいた所、上司がやってきて一枚の大きな封筒を渡してきた。 「なんすかコレ」 「閻魔庁からだよ、というか仕事中に食べないでくれる?」 「上の上じゃないっすか。そういうお前も勝手に菓子を喰うな」 「上司にお前とか言わないでくれない?」 「つうか管理課の一番下のランクの上司ってだけで能力的には差はねーだろ」 情報管理課。 その中でさらにいくつかわかれていて、ここはその一番下の低い情報管理課だ。主な情報管理はあってもなくても変わらない雑知識並のもの。あの地区にさく花はあれだのこれだの、そこの家に住んでる犬の名前はどーのこーの。役に立たない知識を管理するゴミクラス。 ここに配属されてるやつらもやる気がなく、だらけたまま、眠くなる情報を更新、新たに入力していくだけの腐った奴らだ。 その分、給金も低いわけだが―――楽できるし構いやしない。 封筒の封を切り、中の書類を取り出す。 第一行目に、一時的期間人事異動報告。 「は?」 「きみ、いなくなるのね。特にいてもいなくてもかわんないけど、まあ、お菓子は美味しかったよ」 「は?」 「お菓子は置いて行ってね」 「は?」 二行目に、兆野、と俺の名前。 三行目から形式に乗っ取った言葉が並び、その中に”特務課への異動を命ずる”と書かれていた。特務課?なんだっけ? 「は?」 机に置かれたお菓子を手に持って席に戻っていく上司。 それよりも、まったくしらない所に唐突に配属になったことがショックでならないその日であった。 それから数日後。 そこの特務課は、独立した課であり、一言でいうならば何でも屋。手が足りない場所へ、雑務もこなすという。一番に多いのは逃げ出した亡者や、現世で彷徨う奴ら亡霊と亡者の捕獲および、怪異の退治。住む場所はその勤務先である館の中で、一日二食だという。 なんでそんなところに俺が選ばれたのか。否、選ばれてしまったのか。書類に理由など何一つない。こんな、同じ獄卒といえど情報管理しかしたことのない俺が、どうしてそんな最前線の、あちこち走り回るような課に異動となったのか。 わけがわからない。 それでも行かねばクビになる。そうなれば最悪この獄都からでて輪廻しなければならない。そりゃあ、勘弁だ。現世よりもここのほうが楽しいのだ。楽なのだ。素晴らしいのだ。 館にたどり着いた俺は必要最低限の荷物を足元におろしそっと扉を開けた。玄関先の間はそれなりに広く、大正を想像した造りになっている。そして俺がいた場所よりもきれいだ。ごみが落ちてないし、書類もばらまかれていない、食べた後のごみもない! 「・・・ほぁー・・・あ、」 この館を仕切っている肋角上司がいる特務室はどこにあるんだ? 誰かに聞きたいが誰も通らない。特務課は人がそんな多くないと聞いた。七人?八人?そんぐらいだと。その人数で仕事を回してるんだから働きもんが多いってことだな。 俺とは真逆だ真逆。 あーあ、楽したいのに、できないぞ、これ。 「・・・かえりてー」 「・・・」 「・・・かえってもいいかな。かえいたい。帰って菓子くってごろごろしててーなー」 「・・・お前、独り言でけぇな」 「うっせーなー・・・て、うわ!?」 中に入るか入らないかでぼやいていた俺の背後から声がして一歩大きく中に踏み込んだ。 ドッドッと大きく跳ねる心音を抑えながら振り返るとツルハシを持った橙色の目をした男が立っていた。ヤル気のない目がこっちをみてる。なんだか、親しみやすそうな目をしてる。 「邪魔だ、どけ」 「お、わりー」 どうやら出入口に立っていた俺は邪魔だったらしい。中に平然と入り歩いていく様。きっとこの館の獄卒だろう。 「なあ、特務室ってどこにあんの?」 「あぁ?・・・・・・そこまがって一番手前」 男はその気だるげな目をまがった先の廊下に向ける。向こうにあるんだろう。男が目の前の階段を上っていく様子を見届けて、俺は進んだ。 ドン。そう、効果音をつけてしまいたい。やべ、緊張気味。 扉の上に取り付けられたプレートに特務室とかかれていた。ここだ。扉の前で深呼吸。すーはーすーはすーは。落ち着いた気がしたようなしないような。やっぱしてねえわ。 俺は、覚悟を決めて扉を叩いた。中から、落ち着いた低い声が。おお、俺って声高い方だからこのぐらいの低い声憧れるわ。 「お、おじゃまします!」 扉を開いた。煙草の煙の匂いが鼻を柔らかく刺激する。少し苦く甘いその匂い。けれど特務室の中は、換気をしていないのか少し煙で曇っていた。 その中心で、この館の主である肋角さんが椅子に座っていた。けむい。うわあ。ここにいたら副流煙で癌になる。生者じゃなくてよかった。 「待っていた。俺は特務課を仕切っている肋角だ、よろしく頼む」 「あ、はい、情報課から期間配属される事になりました兆野と申します。・・・あー・・・肋角さん、少しおたずねしてもよろしいでしょうか?」 「なんだ」 「ここの特務課は主に最前線の戦闘を得意とした者たちが集まると聞きました。で、俺は情報課の一番下の部の者なんですが、」 「それで?」 言いたいことは理解しているだろう肋角さんはそれでも俺が最後まで言い切るのをまっている。 ニヒルに微笑む顔は、俺の何かを試しているようにも見えて一瞬、視線をそらして下を向いてしまう。自分の足の先がくっついて立っている。なんという立ち方をしているんだ俺は。 顔をあげた。肋角さんは相変わらずこちらを見ていた。 「完全に戦闘に不向きなわけなんですが、どうして俺が、しかも期間的に配属という形になったのでしょうか?」 「なるほどな。確かに、見た目からしてもひょろく武器を扱えるようにも見えないな」 うわ、何気なくけなしてる。けど、間違いでもない。武器なんて持ったことないし、持ったものといえば書類かお菓子かペンぐらいだな。どれも武器じゃないし。 「・・・・・・理由を言えば兆野は憤るかもしれないが、どうする?」 「・・・・・・お願いします」 「フッ、そうか」 紫煙が吐き出される。煙管が机の上に置かれ腕を組む。 「実はな、ここは年中人手不足でな。今の時期は特に仕事の量に反して人が少ない。なので、閻魔庁に頼んだ。”いらない奴をよこせ”とな。そしたらお前が来た、というわけだ」 「・・・マジですか」 ガーン。 俺の頭の中では俺の上にそんな重い効果音と共に石のガーンという物が頭上に落ちてくるイメージが浮かんでいた。 これ、あれだよな。 この期間配属終わったら、元の部署に俺の椅子ないノリだよな。 お前の椅子ねーから!そんな感じじゃんか。うっわ。うっわああ。 「これから期間中は忙しくなるだろうが、精々邪魔をしないように頑張ってくれ」 「・・・お・・・おぉ・・・・・・、不束者ですがよろしくおねがい、します」 ここにもお前の椅子ねーから!というような発言をもらい、ショックに沈み、よくわからない挨拶をし部屋の位置を聞いた俺はよろよろと特務室から出ていった。 |