「肋角、兆野のことだけれど」 「・・・どうした。解呪方法が判明したか」 「ううん、そうじゃない。そろそろ契約期間の終いが近づいている」 「・・・・・・」 災藤の言葉に、部下と同様あるいはそれ以上に多忙であった肋角は苦い顔をして忘れていた、と煙を吐き出した。 「そうだったな。約束通り返すことになるだろう」 「そこなんだけどね。・・・木舌から聞いた話なんだけれど、どうやら兆野がいた情報課には有望な人材が入ったらしくてね、そのままお役目ごめんになりそうなんだそうだよ」 「何?」 初耳だ。 閻魔庁からも何もその件についての事は聞いてはいない。隠されていたのか、あるいはこのままこちらに丸投げにでもするつもりだったか。どちらにせよこちらも”期間的”で彼をここに働かせていた故に、正式な契約は行っていない。このままいけばこちらでも解雇となり向こうの元の部署でも解雇。獄都を彷徨うわけになる。 「・・・災藤、兆野の事どう思う?」 「どう、と問われれば犬のようだね」 「茶化すな」 「ははっ。そうだね、有望ではないけれども周りに答えて頑張る。平腹みたいに単細胞な子だけども、許容心は大きい。あと素直かな」 最初こそだらけた全部がだるい。そのような感じでやってきた兆野であり、多忙であった部下たちにはいいはけ口とされていた。 だが、それに対して腹を立てたことはあっただろうが、恨みをみせたことはないし怒りをみせたこともない。 多少仕事ができるようになった今では自分から進んで仕事を行い覚える部分もあり、捌け口として利用していた周りの獄卒達もかれを仲間として認めてきたのか、接し方が優しくなっている。 災藤の言う通り、平腹のように頭のネジは緩いが誰かになじられても恨むようなことはしない。素直、という点も同意だ。肋角に対してすら話の途中で喜怒哀楽がコロコロと変わる様子。なんとまあ、災藤が”犬”と例えたのもわかる。 わかるが。 「災藤、俺は犬、というより子供だと思うがな」 「ああ、そういわれると確かに。親や庇護してくれる者に対して好かれようと頑張る子供のようだ」 守ってくれるであろう存在に好かれようと頑張る様子が子供らしい。そう微笑を浮かべる災藤。肋角も笑いがこぼれた。 「そうだろうな。だが、子供はか弱い。そうしなければ生きてはいけない。例え、どんなにひどいことを言われようが何をされようがな。そうさせてしまっているのは、その子供の周りにいる存在達だ。なあ災藤」 「わかっているさ。捌け口にするのはお終いにしよう。かわいい部下となるのだからね」 「そうだ。ましてや親に認められなく拒絶され死した命だ。報われてもいいだろう」 「さて。ここまで話がまとまったのはいいけれど・・・問題は本人だ肋角。あの子供のままの状態では契約をし直すこともできやしない」 呪いのかかった状態、しかもここの記憶を完全に忘れている状態で契約などできやしない。あの亡者はしつこく何も言わない。あるいは解呪方法を知らないのかもしれない。 そうだとするのならば、兆野はずっとあのまま幼子として成長することもできないままとなるだろう。 「何か手立てがあればいいのだがな」 特務室の外から聞こえてくる子供の、もはや叫ぶに等しい泣き声。それと複数の足音と兆野の名を呼ぶ声。 ああ。ほら。 「肋角お父さん、息子が呼んでいるよ」 「誰がお父さんだ。そういう災藤は母親にでもなるか?」 「ふふ、御冗談を」 「フフッ」 冗談の言い合いに、互いに漏らす笑い。 黒電話が鳴った。 お遊びはそこで中断され、手に取る肋角。しばらく話を聞いていた上司はその赤い目を災藤に向けた。受話器を降ろす。 「どうやらやっと解呪方法がわかったようだ」 「よかったじゃないか」 「良い解呪方法ではないがな」 「?」 |