「「「まじ?」」」







兆野はとうとう仲間の名前を忘れてしまったらしい。




酒に対してはとても強いはずの木舌が瓶ビール3本で顔を真っ赤にして兆野が俺の名前を忘れたんだー、と号泣してそのまま寝入ってしまった現在。

その場に集められた斬島、佐疫、谷裂、田噛、平腹はそんな木舌をそれぞれの心情で見ながら話し合いをしていた。


木舌ほどではないが、先輩であり一番この中で仲がいいはずの佐疫も木舌の次にショックを受けているらしく暗い顔だ。

「・・・このままだと、兆野何もかも忘れちゃうんじゃ・・・」
「呪いの解き方はまだわかっておらんのか」
「まだわかっていないようだ。亡者が意地でも話そうとしないらしい」

佐疫の不安気な言葉。
解決策はどうなっているのか、と口にする谷裂。
現段階の情報を語る斬島。

呪いの解く方法がわからなければどうしようもない。

「そーいやー兆野はどこにいんだ?!」

一人話している内容と違う事を言いだす平腹。
話し合っている彼らとは少し離れたソファーに寝転がっている田噛がそれに言葉を返す。

「餓鬼はねんねの時間だ」
「まだ八時じゃんか!もう寝たのか?」
「お前、今日の兆野見たのか?というか世話任されてるんじゃねえのか?」

はぁ。ため息を吐いた田噛。
忘れた!知らん!と口にした平腹は笑う。


今日の兆野は、もはや周りにおびえていた。

知らない場所、知らない人、しかも身長はかなり大きい人ばかり。さらに小さくなり10歳より下回った姿の兆野はもうここの記憶を何もかも忘れている。

上司である肋角が兆野に姿を見せた時など痰を切ったように泣き出してしまいあやすのに随分と時間がかかった。

今は泣き止み、比較的雰囲気的に怖くない佐疫と木舌によって寝かしつけられ部屋で寝ている。

「・・・呪いが解けるまで元の部署に、あるいは別の所に預けておいた方がいいのではないか?」
「谷裂・・・それは」
「この時期はここは忙しい。だというのに子守りまでやってられん」

確かに正論ではあるのかもしれない。ここ特務課はまだ忙しい時期で、そんな中、子供の世話までしていられない。一日中誰かが見ていなければならないというそれ。全員仕事にでてもなお忙しいというのにそこからまた一人抜いてしまえば――仕事が終わらない。

その谷裂の言葉に反応したのは酔っ払い眠りに落ちていたはずの木舌だった。

「それはダメだ、谷裂!」
「木舌、起きたのか。それで俺は谷裂ではない」

真っ赤な顔で斬島の腕をつかむ。訂正の言葉を口にするが、木舌の耳には入らない。

「兆野は前の部署じゃもう解雇されちゃって戻る場所ないんだから!ここでもまだきちんと居場所がないのに!そしたら、もう兆野にはどこにも行く場所ない!」
「だから俺は谷裂ではない」

うわんうわん、と泣き始め谷裂だと勘違いしている斬島の胸を叩き始める。
ここまで荒れている木舌は初めて見たかもしれない、と斬島は容赦なく木舌の頭を殴り撃沈させておいた。

「それは初耳だな。兆野のいた部署から期間的に借りた、と肋角さんから伺っていたが」

話が違うではないか、と眉間に皺を寄せる谷裂。

「・・・兆野の前いた部署は情報課の一番下のランクだ。あってもなくても変わらねえ。そこから一人消えたぐらいじゃ仕事に支障はでねーし、むしろ余計な給金を払わずに済む。ここは閻魔庁とは支払いが別だからな」

閻魔庁直属の情報課と違いここは閻魔庁とはつながりがあれど給金を支払う機関は別になる。貸出しという形でやってきた兆野は、”貸出し”ではあるがそれは期間的だとしてもこちらに属す訳で、給金の支払いもこちらから出ている。

無情にも”厄介払い”されたのである。


あってもなくてもいい部署。だが、完全に消すわけにはいかない部署。ならば使えない存在を消せばいい。そして願わくば有望な誰かをいれよう。その方が支払うのも有意義であるゆえに。

――上の連中からしたら誰がクビになってもよかったのだろうが、そこに特務課から要請が入ったのを吉として運悪く選ばれたのが兆野だった。

「運が悪かったってこった」

そう、ソファーから起き上がった田噛は「寝る」と言い放ちその部屋から出ていった。平腹も田噛にひっつくように出ていく。


「・・・・・・肋角さんは、この期間が過ぎたら兆野をどうするのかなあ?」
「・・・」
「・・・さあな」

これ以上何を話しても仕方ない。
完全に夢の中へと旅立った木舌を放置して残っていた三人も部屋を後にした。



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