これを斬島に渡しておいてくれ。そう肋角さんに言われて事後報告書を手に持ち館の何処かにいるだろう斬島を探す。鍛錬所には誰もいなかった。食堂にもいなくて。自室にもいなかった。けど、今日の仕事は終わってるはずだからどこかにはいるんだろうけど。 「あ、佐疫ー、斬島しらねえー?」 同じく仕事を終えて私服に戻っている佐疫の背中を見つける。声をかければ振り返ってすこし考えた後にわかんないって。 「さっきまでは鍛錬してたけど・・・」 「鍛錬所誰もいないんだよなー。食堂で飯くってるのかって思ったけどいなかったし、自室も。あとなんかいそうな場所ある?」 「んんー・・・そうなると、風呂場は?」 「お、ああ。そこ見てないわ。あんがと佐疫!」 「うん」 確かに。 もしかしたら鍛錬したからひと風呂浴びてるのかもしれないし。 早足でかけて風呂場の脱衣場に飛び込む。浴場の方からカポーンと桶の音がして誰か風呂にはいってるってのがわかった。 「斬島?」 浴場に続くガラス戸を開けて名前を呼ぶ。もくもくと湯煙で何もみえないけど、気配はする。もう一度、名前を呼べば「兆野」と返事が返ってきた。いたわ。 「事後報告書もらったから衣類とこ置いとくなー!」 「ああ」 戸を閉め直し、綺麗に畳まれた衣類の入った籠に報告書をいれとく。 よし、これでお終い!俺はクルリと姿勢を変えるといつの間にか目の前に斬島がいて驚きそうになる。 「もう上がったのかよはええな」 「・・・」 ポタポタと濡れた身体から水滴がたれてる。というかお前、男同士とはいえ腰にタオルぐらいまけよお前の息子みてると俺がなんかとても虚しくなるんだよ! 「身体ふかないと風邪ひくぞ?」 「・・・兆野」 「ん?」 「こっち」 「は、」 斬島が引っ張ってきた。しかも見たことない笑顔で。俺の頭が目の前の存在を理解しきれなくて疑念が浮かぶ前に、そこになかったはずの姿見前まで連れてこられてしまう。いや。あれ? これ、やばい? 「―――ちょ、はな、ふげ!?」 引っ張る手から逃れようと足裏に力を込めて逆方向に身を引っ張ろうと踏ん張る。けれどそれが数秒ももたなくて背後からいつ、現れたのかわからないがいつぞや俺の姿を模した鏡が俺を突き飛ばしたのだ。俺とは違う悪戯めいた笑顔が恨めしい。 背中を突き飛ばされた俺は引っ張る鏡の斬島の思惑通り姿見の中―――鏡の世界へと行ってしまう。 同じ構造の部屋の中、鏡の中に取り込まれなお掴まれ続けるその手を振り払い姿見に戻ろうとする。目の前の現実世界にいる鏡の俺がそんな俺をケラケラと笑いながら鏡を拳で―――割った。 「あ」 目の前で罅が入り砕け破片が落ちて行く。やっと鏡の表面に触れたけど向こうに行くことはできない。でれない。 でれない?そうだ。 でれない―――。 「っ・・・おまえ!俺を、どうすんだよ!帰せ!!」 慌てて回りを見渡して鏡やガラスのある所に駆けつける。それで自分の姿が確認できれば手を突き出して脱出を試みた。 その間、斬島を模範した鏡は俺をただじっと見ていた。諦めるのを待つように。 「っっっ・・・!」 まてよ。ふざけんなよ!泣きそうになる目を拭う。どの鏡も俺は映っても元の世界に戻れない。帰れない。仲間に会えない。本物の斬島は気付いてるだろうか。頭の良い田噛は。佐疫は。肋角さんは?災藤さんは?気付いてる?気付いてくれてる? 俺が、いなくなってしまってる事に。 「兆野、ずっとここにいろ」 「!!ざっけんなっ」 思い思いに叫び振り返れば鏡の斬島に抱き付かれる。勢いで倒れる。 冷たかった相手の無機質で冷たかった体温が俺の身体で暖かくなる。目の前の斬島はやはりにいんまりと斬島とは違う笑みで泣いてしまいそうな俺に宣言してくる。 「鏡の兆野が、姿を見せて行方不明になる。そうしたら仲間達は別の所を探し続ける。兆野は、誰にも気づいてもらえない」 「――――そ、んな、わけ、あるか・・・そんなわけあるか!」 頭を強く叩きつけられたみたいだった。涙腺は決壊してボロボロと涙がこぼれていく。 強く抱き付いてくる鏡の斬島を剥がすことも忘れて子供のようになきくじゃった。 「そんなわけ・・・!」 「来ない。けど、大丈夫。俺がずっと一緒―――」 嫌だ。ふざけんな。かえりたい。帰して。みんなの所に。 帰して。 泣き続ける俺をあやし続ける鏡の斬島の声はゾッとするくらいに優しくて、それがまた怖くて恐ろしくて俺は、泣き続けた。 |