魔女狩りのヘンゼルとグレーテル




はじめはこの世界に落とされた事に喜んだ。子供だったから画面の中の存在と出会えてこれからどんな風に彼らと出会い、交流し、楽しい日々が待っているんだろうか、と思っていた。子供はまだ、考えられなかった。画面上で面白おかしくやっているから実際もそうしているんだ、と勘違いをしていた。一面しか見れていないだけ。
面白おかしくしているのは、非現実だから。楽しいだろうな、というのはただの願望。

落とされた、楽しいはずの画面上だった世界は、まだ子供だった私の心に無数の針を突き刺していった。


**

田噛と平腹と共に現世におりた。降りた、というよりも穴をくぐったというべきか。この世界にきて初めての館以外の空間に、そして酷似した光景に気持ちを奪われた。
獄卒という鬼がここにいる。だからこの世界の現世というところは変なのがいるんだろう。地獄があるのだから、何か、特殊な何かがあるんだろう。そう思っていたのに。

黒い穴をくぐって現れた光景に奥の底に閉じ込めた、もう望むことができない願いが希望が、ふたを開けてのぞかせた。

「あ・・・あぁ・・・!」

先を歩き始めた二人を追い越して道路を歩く。走る。電柱に触れて、コンクリートの地面に転がった。白線。街灯。家。マンション。少し遠くにみえる高層ビルと、車のやかましい音。人の声。電話の鳴る音。あかりで見えなくなった星の見えない空。帰れたんだ。そう錯覚してしまう。疑う事なんか何一つないほどにここは酷似していた。同じだった。
本当は元の世界なんじゃないか?
もしかしたら私が知らなかっただけで獄卒や地獄は本当にあってそれで、だから。だから・・・。

・・・・・・・・・。

「なにやってんだぁー?つかさ」

突然地面に転がりだした私を不思議がる平腹。彼を見る。黄色の瞳。その後ろにいる橙色の目。黒い穴は小さくなって消えていた。
否。否否否否否。

「ぁ、ははっ・・・夢見すぎですね。絶対にそんなことはないのに」
「お?おお?田噛!つかさが笑った!笑ったぞ!!すげー、初めて見た!!」
「そうですかそれはよかったですね」

私の気も知らないで。
私は今、一番願っていたものを目の前で見せられている。本物ではない。けれど本物に一番近いこの光景を見せられて、手に入らない、もう戻れない事を再認識して、けれど諦めることができなくて、どうしようもなくて、諦めるしかなくて。
諦めたくないものを諦めなくてはいけない、胸が引き裂かれる思いだ。

「平腹お前黙ってろよ」
「えー、なんでなんで」
「うざいから。それとお前はいつまでも寝転がってんじゃねえよ。踏みつけるぞ」
「・・・・・・・・・うん」

田噛や平腹をみていると獄卒とはやはり人間とは違うんだなと思う。前の世界の人たちも個性が強かったが人を想うところもあれば、迷うこともあった。獄卒はそういうものが薄いように感じられる。断固とした強さがそこにあるからなのか、長年生きてきたゆえなのか。

立ち上がり、歩き始めた。日はもう暮れて夜。空は月はみえない。星も見えない。その中を歩いていく。時折、仕事帰りのサラリーマンや遊びに夜街に向かう若い人たちを見かけるがこちらに誰一人として気づかずに、ここは元の世界ではないと嫌々感じる羽目になる。右腕を握りしめ息を大きく吸う。

こうしてこの光景に目を奪われているのはよくない。
これから先に出会うのは明智光秀であり、名を変え天海となのる蛇だ。狡猾で残酷、滑稽な男に会うのだ。別の物に意識を向けて面と向かえば私は負ける。負けるということはまた、手駒にされるということだ。望んでもいない事をすることになる。おもちゃにされるのはもう勘弁だ。

「あ、あれだよ、あの箱!」

金吾が指さした。向こうに、ビルが一つたっている。妙な事にぼやけて見える。まるで幻のような建物を突っ切るように車がこちらに向かって走ってきたライトが眩しくて目を瞑ってしまう。
次に目を開ければ、ビルが目の前に立っていた。薄汚れた灰色の壁、窓ガラスは割れていて中にはごみや家具が半ば壊れた状態で捨て置かれている。夜だった空は完全に暗く闇。周囲の家はなくなっている。背後を見れば先とは逆で道路が幻のようにぼやけて遠くで見えた。
これが、異界というものなのか。

「妙な感じがするな・・・」
「ふぉ?んー、あー、なんかあれだ!腹壊す前の腹の調子!!」
「・・・わかんねえ」

平腹の感性がよくわからない。
何が妙なのかさっぱりわからない。一向に動かずじっと目の前の建物を見ている田噛。行かないのか、と催促している平腹さえ無視して何か考えているようだった。

「・・・田噛さん、行きましょう」
「・・・・・・・・・あぁ」
「僕ここにいてもいい?ここにいていい?」
「怪異に喰われてえならここにいろよカブトムシ」
「やっぱ行きます!!!!」

ビルの入り口の扉をあけて入っていく。
そこで田噛が、独りごとのようにああ、とつぶやいた。


「怪異がいねぇ」

獄卒でない私にはこの異界での怪異がどんなふうなのか知らない。ただの廃墟にもみえる。私にはその怪異が見えるんだろうか。幽霊のようなもので、だから霊感みたいのが必要なんじゃないかと思っているんだけども。

「お!なんか動いた!!」

平腹がスコップを持って先を走って行ってしまった。身勝手な単独行動というのはあまりよろしくないのでは、と田噛をみればあれはいつもの行動なのか特に気にも留めていなかった。

「い、いいんですか・・・?」
「あ?あー・・・平気だろ」

そういうと田噛は身近にあった椅子を並べてその上に寝転がってしまった。え。なんで寝るの、寝る準備てるの?

「田噛さんは、何を・・・?」
「寝る。あとは勝手に探せ。終わったら起こせよ」
「え、」
「・・・・・・すぅ」

「・・・つかさちゃん、どうしよう」


本当だよ。
とりあえず、天海を探して食べなければならないことは変わらない。
薄暗い廊下の先の闇を睨んでから――意気込みをいれた。

「よし、行こう」
「う、うん」



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