狼を追いかける武装した赤ずきんちゃん




私は特務室へと呼ばれた。
前の世界の存在らしき者が現れたらしい。捕縛はすでにされており、私が知り合いなのかどうかを確認するのみ。もし、そいつが知り合いなのであるなら―――私はそいつを食らう。もう一度この地獄の腹の底へと突き落す。
あまり仲の良かった奴でないと良いな。けれどその反面、身近な存在であればいい、とも。私は、罰を受けたいのかもしれない。

だっておかしい。
世界を食べたとても悪い存在なのに。

違う世界で苦痛なく生きてるだなんて。

おかしい。


**

執務室のドアを開けた瞬間、馬鹿みたいに泣いて顔を鼻水と涙で濡らしたカブトムシがそこにいた。びええええん。そう泣いているカブトムシ・・・小早川秀秋―――金吾は背中にしょってるはずの鍋を没収され縄で縛られている。変だな、金吾に対する記憶のほとんどが泣きわめいてるか縄で縛られているか踏まれてるかけられてるかしかない。
とりあえず、中にはいる。私の姿を映した金吾の泣き声が止んだ。ぽかんと口を開けてこちらを見つめていて、目を輝かせ始めた。

「――――つかさちゃん!!」

金吾がこちらに近寄ろうと芋虫のように這って寄ってくる。目をらんらんと輝かせ鼻水を垂らしやってくる金吾。正直、こっちによらないでほしい。

「つかさちゃん助けて食べられちゃうよお!!この人達怖いんだよう!突然、喰っちまうぞーとか言ってくるし・・・僕の事蹴り飛ばすし!ひいいいいいごめんなさいいい!!」
「・・・だりぃ」
「こいつおもしれーな!」

金吾を捕まえてきた田噛と平腹が興味のある視線と見下しの視線でそれぞれ彼を見る。それに捕食される側の恐怖を感じた金吾は身を丸めてがたがたと震えてわめいていた。
完全に知り合いである。そして前の世界の住民である。肋角さんへと「前の世界の住人です」と告げた。

「そうか」
「とりあえず無害です。いじめられっ子です。やかましいです。優柔不断です。鍋奉公です。単細胞です。カブトムシです」
「ねえ!ひどくない!?僕の説明ひどくない!?つかさちゃん真琴の毒舌移ったんじゃないの!?」
「お黙りカブトムシ!」

容赦なく私は彼の頭へと蹴りを落とした。ひとつは真琴の名前を出したから。もう一つはうざかったから。
調子が狂う。これから喰わねばならないのによりによってこいつだとか。
金吾はどんなに繰り返されても金吾のままで、たぶん私より馬鹿だったし、怖がりだったし逃げ回っていたけれどこいつと話すと戦の事とか忘れられたのも事実。こいつ鍋のことしか頭にないし、楽しくいることを考えていたし、優柔不断で怖さに立ち向かう勇気もなかった。周りの情報におびえていたし、それを傍らにいた・・・天海、は、愉しんでいた。
あれは趣味が悪い。好意を持たれたらたちが悪い。近寄りたくもない。もう二度と近寄りたくないしあの言葉に惑わされて懐になんて絶対にはいりたくない。

「つかさちゃん!いい加減、足どけてくれない?」
「・・・・・・天海は、」
「え?天海さま?」

あいつのせいでひどい目にあった。私の世界の時は、あの狂いっぷりが好きでファンだったけれどもいざ会ってみれば、標的にされてしまえば、なぜあんなにも好きだったのか疑問に思う。否、己に被害がないからこそ想う事ができたのだろう。

「天海は、どこにいる?」

ただ、あの世界での後半では金吾と天海が二人セットになる。金吾がいるところに天海がいる。それは当たり前だった。天海に金吾がついてきてる。金吾は天海を心配に思っている。そして、天海によって守られている。いびつだが。
金吾ひとりで知らない世界を彷徨うなんてことは絶対ないと思うのだ。

「・・・天海さまは、途中まで一緒だったんだけど、なんか、黒い変なのが集まる細長い四角い箱の中に行っちゃった。ねえ、つかさちゃん!僕心配だよ!天海さま、迷子になってないか心配!」
「どっちかというとお前が迷子じゃねえのか」
「うっ・・・・・・ち、ちがう、もん!」
「あ?」
「いだいいだいいだいいだい!ごめんなさいいい、迷子です!僕が迷子でしたごめんなさい!!」

田噛が金吾の背中を踏みつけた。なんだか不良に絡まれている子供みたいだ。いじめてるわけじゃないが、それがちょっと面白く感じてしまう。真琴とかは逆にイラッとしててわざと毒舌になってたけれども。金吾からしたら面白くないが見ている側としてはその舌の回りがいい真琴をみていて面白かったし、それに対してこれでもかってくらいぴゃーぴゃー騒ぐ金吾が面白かった。
そういうのは嫌いじゃない。傍らの天海は嫌いだったけどね。

「つーかさー、細長い四角い箱ってなに?なにそれ?」
「たぶん、ビルかなんかだと思う。それより黒い変なのがよくわからない」
「それは怪異だろうな」

肋角の言葉に振り替える。

「怪異・・・?」
「怪談によって生まれた存在、人間の思いから生まれた存在、妖怪と呼ばれた者たちそういう者たちをまとめて怪異と呼んでいる。その天海という男、怪異の集まる建物に行ったというのならば、金吾とやらが捕縛された付近に異界があるのかもしれんな」

なるほど。ならば天海は理由はわからないがそいつら怪異が集まっている建物の中へと行ってしまったわけか。足をどけて金吾をみる。しゃがみこみ金吾の目をみる。涙を滲ませて鼻水を垂らしてる顔は馬鹿だけども、嫌いじゃない。だから、私は迷う。非情になれない。冷酷になれない。この子のやさしさを知ってるから。

「・・・金吾、自分がどうして見知らぬところにいるかわかる?」
「――・・・、わから、ないよ。いつでも僕は何もわからない。いつの間にか真っ暗なところにいてなんか、身体もなくて、変だったんだ。とても。ただ天海さまがとつぜん動き出したからついてきたんだけど・・・。ねえ、つかさちゃん、僕たちはどうなったの?どうなってるの?戦は?三成くんは?家康さんは?真桜さんは?真琴は?桃くんは?どうしてつかさちゃん前会った時よりも、とても、怖いの?」
「・・・。・・・私、怖い?」
「、うん。だって、つかさちゃんいつも笑ってるのに・・・笑ってないじゃないか」

そうだっただろうか。私はあの世界で笑っていただろうか。もう覚えてない。今は笑っていないのか。笑ってないな。けれど、金吾に怖いと思われるほどの表情をしているとまでは思ってはいなかった。
金吾からの滝のような疑問にはあまり答えられそうにはなかった。彼らみんながどこにいるのかはわかる。けれどそれを口にすれば胸の中でふたをした感情が、汚い感情があふれてきそうで言えない。不安げに見上げる金吾。
私は彼の質問には答えず、かわりに縛っていた縄を切った。

「肋角さん私そこに行ってこようと思います。田噛は、どこで捕縛したのか教えてくれませんか?」
「は?教える必要ねえだろ?」
「?」

どういうこと。教えてもらわないと場所がわからない。それとも金吾が知っているとでもいうのだろうか?田噛が私をみていた。橙色のけだるげな瞳は、眠たそうにしている。

「田噛の言うとおりだ。つかさ、我々は怪異の討伐も仕事のうち。言葉で教えるよりも田噛と平腹と共にそこに行けばいい」
「けど、」
「二人とも、行けるな?」

「はい」
「はい!」

平腹と田噛とそして金吾をつれて、私はこの世界の現世に行くことになった。


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