生まれ持った才能と育った運命




それは壮絶な世界だったと言っていいのかもしれない。
己の身の事を話し続ける彼女の顔は無表情で、どこを見ているのかわからない。正面を見たままどこも見ていない。バサラの力だ、と見せた黒い霧の狼。まるで怪異のようなそれに誰もが危険体制をとろうとしたが、すぐに霧散。それは彼女の力によって作り出された存在だった。
話に頭がついていけない。
それでも、仲間が壊れていったという話をしだしたあたりに今度は顔を歪め胸元を必死に手で握り抑えしゃがみこんでしまった。
誰も手を差し伸べない。否、目の前で淡々と機械のように話し出す様子に誰も手を差し伸べられない。しゃがみこんだ彼女は私が悪い。というごめんなさいという。
手足が麻痺して動けない。
のどが妙に乾いている。それでも佐疫は彼女を呼んだ。



**


「大丈夫?」

しゃがんだまま、大丈夫ですと何度もいう。どうみても大丈夫でない。それでも大丈夫と口にだすのはそう言い聞かせなければあるいは強がっていなければ仲間達を留まらせておくことができなかったからなのかもしれない。

そこからまたゆっくりと話し始める。苦しがっていた表情はまた無に変わっていた。けれど最後でまた表情が変わる。彼女は食べたと口にした。あれ?と佐疫は首をかしげた。

昨日は確か、そんなこと言ってはいなかった。
いや、目を覚ましてからそんなに立ってはいなかった故に覚えていなかっただけなのかもしれない。しかし、そこから彼女の顔が揺れた。泣きそうな顔で。ポツリと。私が世界?とつぶやいたのが聞こえた。

どういうこと?
疑問を浮かべた刹那、つかさが懐から瞬時に苦無を取り出して腹を引き裂いた。乱暴に。突然の自傷行為に佐疫はとっさに動いて彼女の両手首をつかみ上へと上げさせる。苦無が落ちて床に転がった。
引き裂いた腹からは、血はでなかった。代わりにゼリー状のような粘液質の黒いものがボチャリと落ちた。プルと震えたそれは、なんと、動いた。気持ちが悪かった。

「おっ!逃げるぞ!!」

つかさは気を失ったらしく佐疫のつかむ力のみで垂れている。
その動いたゼリー状のものを捕まえようと平腹が楽しそうに飛びかかったが見た目よりも早い俊敏さに追いつけない。とうとう手では無理で足で踏みつけるように伸ばしたが避けられる。
田噛の足元にやってきたが彼は何もしない。ただあくびをして終わった。
次に斬島が刀で真っ二つにしようとしたが間に合わない。居合切りをしようとしていたが、床すれすれでやれば刀を折ってしまう。姿勢はみせるものの眉間にしわを寄せただけで終わる。谷裂も追いかけまわす。掌がぐわっとゼリー状をつかんだがブチュと嫌な音を立てて分裂した。木舌は「ひゃああ」と悲鳴をあげた。分裂したゼリー状が佐疫に向かってきて同じように「ぅわああ」と叫びつかさを手放してしまった。床に倒れるつかさ。
そうしているうちにいくつも分裂し小さくなった謎の生物たちは窓枠の隙間から、ドアの下隙間から抜けて逃げて行ってしまった。

わけがわからない。結局あの謎のゼリーはなんだったのか。肋角さえもわからず首をふった。そして何気に近づいてきた谷裂から距離をとった肋角だった。

「・・・つかさならわかるかもしれない・・・が、とりあえず彼女を医務室へ。お前たちにも話は以上だ解散」
「は、はい!」

それぞれの返事。田噛が一番にドアを開けて去っていく。それに続いて皆が出ていく中、佐疫はつかさを連れていくために持ちやすい姿勢にした。裂いたはずの腹はすでに治っていてしかも服までもが再生している。まるで何もなかったかのように。

「佐疫、俺も手伝おう」
「ありがとう」

親友である斬島が手伝ってくれた。彼を見るとつかさの話に出てきた、彼女の親友の壊れた様子を思い出す。四人の中で一番心が強かった。しかしそれは折れ・・・現実を受け止めることができなくなったその子はつかさへと苦しみを悲しみをぶつけるようになったと。
もし、己と斬島二人だけで怪異に捕まり繰り返される時間の中を生かされる事となったら彼は、どうなるのだろう。壊れるのだろうか。つかさの親友のように。

「・・・」

否。そんな日はこない。
それは佐疫たちが獄卒で、つかさが”ただの壊れた人間”故に。




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