そうだ、路地裏に行こう




赤い目。肋角よりも、暗い赤い色の瞳。血の色。それと黒い癖のある髪は頭の鉄片で結ばれ後ろから垂れている。前髪は片方が顔にかかって時折片目が覗ける。背の小さい彼女は、手先も隠れてしまう長い和服の袖を揺らしながら佐疫の後を追う。
つかさは一睡もできなかった。思考が止まらない、まとまらない。どうやってもどうして己だけが助かったのか、この世界へとやってきたのか、あの世界は消滅したはずだというのに力があるのか湧き出る謎はひとつも解けない。考えるのを止めた。
必死に何も考えないようにうずくまった。目を閉じると浮かんでくる前の世界の光景に目も閉じられない。
だから、佐疫にあった時に隈がひどいよ、と言われてしまった。いつも通りの癖で大丈夫です、と答えてしまった。

いつかの、信念を貫いてきて何度も悟らせてくれた彼の言葉が思い出される。

『つかさ、独りきりではいつか立てなくなる。大丈夫というのではなく、その言葉で隠してしまっている悩みを少しでも教えてくれたら、とワシは思う。そうしたらきっと、もっと――』


世界は手を差し伸べてくれる――――




振り払ったのは、私でした。



**



私よりも明るい赤い目。褐色の肌。オールバックの髪。落ち着きのあるここの館の一番偉い人である肋角は特務室の己の椅子に座っていた。明治時代あたりの少し趣のある椅子。ランプ。私が寝ていた医務室を出てから本当にここは前の世界でも元の世界でもないということがわかる。

無言で立つ私。少し離れた位置に昨日介抱してくれた水色の獄卒佐疫が立っている。ここで話をするそうなのがどうやら話をするのは肋角だけではなくて彼の部下にもしなければならないようだった。
どう、説明をしなければならないのか。どうすれば纏められるのか。思い出そうにも、思い出せば手足が震えてしまう。思い出したくない。あああ。やっぱ。話したくない。けれど、それがここに置いてもらう条件であって仲間を探してくれる条件。
逃げてはいけない。逃げてはいけないし受け入れるしかないし、そう大丈夫。大丈夫。私は立てる。まだ、まだまだ立てる。だって一人で立ててた。立ててたもの。

ドアがノックされる。肋角の入れ、の一言で開かれた。
まず、紫色の瞳がはいる。坊主頭で鋭い目つきをした獄卒だ。その次に青い瞳の獄卒。まじめそうに見える。私の頭の中だけだが軍人らしい人とも。次に穏やかに微笑んでる緑色の獄卒。けれど一番がたいがいい。次に気だるげな橙色の獄卒と無邪気を思わせるにんまりとした黄色い瞳の獄卒。そこでドアは閉じられた。大きな音を立てて閉じられたドアが、お前に逃げ場はないと言われたようだった。

「平腹、もうちょっと静かにしめてね」
「ふぉ?あー、ワリィ!」

佐疫に注意された黄色い瞳の、平腹というらしいが、平腹はヘラっと笑い謝った。謝ってるようには見えないけれども。

何人かの獄卒が私の存在に目を向ける。敵意。興味心。容姿を。視線を向けられるのは慣れたものだったが、それは結局は同じ状態での視線を浴びたことに慣れてしまっただけで、本当に見知らぬ人にこうして逃げ場のない所でみられるのは居心地がよくない。頭が痛くなってくる。

肋角が立ち上がった。部屋が静まる。

「今回、獄卒ではなく、亡者でもないがこの館にしばらく置くことになった者を紹介するために集まってもらった」
「神流戯つかさです」
「ここから大事な事をいう。―つかさは別”世界”からやってきた存在だ」

その慣れない単語に静かに聞いていた獄卒達が騒ぎ出す。世界とは。怪異ではないのか。亡者でもなく獄卒でもない存在とはなんだ。生者?しかし。けれど。だけど。
静まれ。肋角の言葉に一様に口を閉ざした。

「その世界については後程つかさから話をしてもらうが、彼女は仲間三人とはぐれたようでな。その捜索を手伝うことにする。三人とも女性で、一人は巫女姿の者。二人目は紺色の長髪で背丈ほどの大扇を持っている。三人目は薄茶色の髪をした男口調だそうだ」
「それまではなんでも手伝います。・・・情事以外で」

紫色の獄卒が噎せた。何かおかしなことを言ったのかと顔を向ければ鋭かった目つきがさらに鋭くなっていた。隣に立っていた青色の獄卒は表情こそ変化しなかったが視線をそらしてその青白い頬が少しだけ赤くなっていた。

やはりおかしなことをいってしまったらしい。だけどそう言っておかなければ後に大変なことになる。前の世界だってそう言っておなければ男は情事へと選択する。言ってもそちらに転がるときもあるが。あんな、怖い思いをするのは嫌だ。

「・・・すいません。前の世界ではそう言っておかなければ酷い目みていたので。皆さんは志のある方々なんですね。嫌な事を言いました」

「・・・戦国時代から来ましたなんていわねえよな」

橙色の獄卒が腕を組んでだるそうにしている。その言葉に私はうなずいた。

「正解です。私がいた前の世界は戦国時代でした。橙色の獄卒さんが戦国時代を知っているなら歴史上で皆さんも知ってるとは思います。けれど、私がいたその世界は戦国時代ではありましたが、確実に違っている世界です。各国の戦国武将が一同に生きていたのです。同じ時代に。歳など実際の歴史と全然違いました。武器も。様々な年号に起きた戦もごちゃまぜでした。それどころか、快楽のために、時には最高のご飯を作るために、とりあえずで戦う人が多かったです」

歴史を知っている仲間の一人がなんて適当な世界なんだ、と憤慨していたのを思い出す。適当だったのだ。志を持つ者もいた。しかし妙だ。真剣に戦を、民を考えて戦う人もいる。逆に祭りだ祭りだ、と戦に参加していた者や自分の一族以外どうでもいい、という者もいた。謎の宗教があったり、織田信長は魔王だったりとわけがわからなかった。それでもそれぞれが本当にそれらに真剣に生きていた。

「そして何よりその世界には”バサラ”という力があります。自然の力でありそれを身に宿して生まれたものをバサラ者と呼んでいました。私も、バサラ者です。闇の」

足元の影から霧が湧き上がる。それがまるで生きているかのように集まり形づくり黒いオオカミをつくりだした。足元で唸り牙をのぞかせるオオカミ。次には霧散。消えていなくなった。

「私の前いた世界ではこれを武器に纏わせあるいは武器として使用して戦っていました。さて、まだうまく理解できない方もいるみたいですけど・・・前の世界での私と仲間の話を少しします。私もまだ、つい最近までその世界にいたのでうまく話がまとまっていないかもしれないですけどね。・・・途中で話せずじまいになってしまったらごめんなさい」



これは異世界に放り出され、たどり着けないゴールを目指した話―――


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