神様の間違えた七日間




任務を終えた佐疫は帰る場所である館へと向かっていた。現世で化けた亡者を捕縛し別の部署へと引き渡し、残るは上司である肋角へと任務の報告書を渡せばいい。なんだか妙に疲れた。銃をぶら下げている腰が重い。館に帰って食堂で飯をつくってくれるキリカさんに美味しいご飯を頂こう。そう、目当ての洋館が見えた手前だった。
街灯の隣にたっている木の枝から手がぶら下がっている。こんなまだ日も暮れていないというのにどうしてそんなところにそうしてぶら下がっているのか。顔を上げてみると黒いマフラーを首に巻いており、手まで隠れる長さの和服と三丈ほどの袖しかない青の和服を重ねてきた者が枝のうえでだらしなくひっかかっていた。ピクリともしない様子。それでもアンバランスで保たれていたその姿勢はぐらりとすぐに崩れ、木の下へと落下した。カチンと金属同士がぶつかり合う音も聞こえた。
腿につけたポケットから、茶色のカボチャパンツのポケットから苦無やまきびしといった昔の日本で用いられていた暗器がのぞく。複数の武器所持。もしかしたら同じ閻魔庁に仕えている者かもしれない。

「けがは・・・してないね。なんで木の上になんか」

どちらにせよ、小さい背に長い髪を結わいた頭をみると女性だ。こんなところに女性を置いておくわけにもいかない。佐疫は背負った。

とても、軽かったのを覚えている。




**

カーテンを破壊し呆然としていた彼女からの二つの質問。

他に誰かいなかったか。
ここはどこなのか。

佐疫はうそをつくことなく答えた。一つ目の質問に答えたとき、壊れたカーテンをつかんでいた手がビクリと震えた。二つ目の質問を答えたとき顔はみうるみるうちに暗くなり頭を抱えて叫んだ。地の底から吐き出されたその響く声に、彼女の身からあふれてくる黒い霧に距離をとった。
そこで初めて佐疫はこの存在が閻魔堂に仕える者でも獄卒でも、獄都の存在でもないことに気付いた。

なら、誰だ。
何ものだ。

「君は・・・何者?」
「ああああああ・・・わたし、私、なにもの?私は、私は・・・」

溢れる黒霧が時折うねり牙をみせる。漆黒のそれは佐疫の毛を逆立たせる。これは危険なものだ。獄卒の力ではない。だが、亡者や幽霊妖怪とは違うものだ。それらは到底持つことのできない力だ。闇。
暗闇だ。
光のない暗闇を、見ているようで恐ろしい。

膨れあがった霧が急速にしぼんでいく。叫びも止み、無言で垂れた頭を抱えていた手がそっとはなれた。顔色はやはり悪かった。今にも泣きそうに眉をへ文字にしているのにその赤い瞳には涙は滲んでいない。それがまた不安に思えてしまう。

「私は、つかさって、言います。゛前の世界゛では仲間三人と一緒に何度も繰り返す世界に、いました」


何を言っているのかわからなかった。
だから何を返せばいいのかもわからなかった。

「ここは、私の世界じゃないですね。私の世界じゃあなたの様な瞳の色が違う人はいなかった。獄都って言いましたよね。ここに偉い人は、いますか?」

淡々と話すつかさと名乗る存在。先ほどの話で頭が真っ白となっていた佐疫だったが”偉い人”と言われ肋角を思い出し、一獄卒ではどうにもできないと判断した。

「ちょっと待ってて。呼んでくる」
「その必要はない」
「肋角さん!」

部屋をでて呼びに行こうとしていた佐疫だったが、扉に立ち尽くす上司を見つけた。叫び声、館中に響いていたぞ。そう中へと入ってくる肋角。つかさを見るなりに目を細めた。

「成程な。つかさといったか。お前は我々獄卒に近い。近いが似て非なる存在だ」
「・・・獄卒が、どんな風なのかわからないです」
「獄卒はまず不死だ。痛みはあり、致命傷を受け死んだとしても再生し生き返る」
「確かに似て非なるものですね。私たち仲間四人も不死です。痛みもあります。身体の再生もしますが、死ぬことはないです。たとえ肉の塊になっても意識も痛みもすべて持続したままです」

獄卒は地獄の存在。罪を犯した亡者達を裁く者たちで元々、人であった存在もいるが獄卒となれば鬼となる。寿命というものはなくなり容姿の変化もとても遅いものとなる。そして”肉体の死”がなくなるために、その体に甚大なダメージを受けたとしても細胞が急速に分裂し再生していく。閻魔と交わした契約書を破棄しない限り輪廻の流れには戻れない。

目の前のつかさという存在はそれと似ていた。
ただし、獄卒と違って、死に意識をとられることもないと言う。

「耐え切れん苦痛を凌ぐために一時的な死が我ら獄卒にはある。だが、お前にはない。そして前の世界といったな」
「はい」
「つまりお前はこの”世界”の存在でない、と」
「はい」

肋角さんが息を吐いた。そしてあごに手をあて考える仕草を見せ数秒。

「――ならばその身しばらくここで預かろう。だが、お前は安全であるという証明として前の世界の話を。そして捜索補助のために仲間の情報を求める」
「はい、有難うございます。それだけだとこちらの部が良すぎるので何かありましたら仕事てつだいます。・・・今からの方がいいですか?」
「明日、特務室にて話をしてもらう。今日は休むといい。佐疫、彼女に栄養のあるものをキリカに作ってもらうのと明日の特務室への案内を頼む」

「はい」

二人の話はやはりうまく理解はできなかった。しかし、つかさは佐疫たち獄卒と違い一時的な死という救済処置がないのだということはわかった。
それは体の原型がなくなってもその肉の塊ひとつひとつに残った神経がぎりぎりと痛みを発するのだろう。すりつぶされた脳がそれをどうやって刺激として情報を送っているのかはわからない。だが、それは想像のできない苦痛だ。地獄で罪を償っている亡者達でさえ刹那の死という闇があるのに彼女にはそれがない。

明けない夜は怖いが、眠ることができる。
しかし明けたままの夜は眠ることさえできやしない。





後日、特務室でつかさが語った”前の世界”の話は壮絶なものだった――


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