闇の回廊、故に、




「俺は、もうやめる。もう、すべてがつらい」
そう言って、すべてを諦めた。選択肢のすべてを捨てて、この世界の人と出会うことのない所に隠れた。仲間達の壊れていく様をこれ以上見ることができなかった。だから、壊れた仲間を背負い血まみれで立つお前をおいて―――逃げた。

「俺は、もうやめる。何も、しない」
そう口にして背を向けた。
つかさは何も言わなかった。言うほどの余裕がなかったのか、仕方ない、と諦めたのか。ただ、己の背にささる視線だけを感じながらすべてを捨てた。
これから死ぬことはないとしても、何回何十回何百回と世間が繰り返されるんだとしても俺は、関与することをやめる。帰れないのだとしてもいい。死ぬことができなくてもいい。
記憶に残る苦痛はその長い時が消してくれる。

「さようなら」

だから。もう、目を閉じて、耳を塞いでしまいたいんだ。
真っ暗闇の中、安寧の眠りを。

―――――。

――――――――――――世界に、光が戻った









**






失礼します。その声と共に入ってきたのは佐疫と、つかさ。佐疫に抱き上げられる形ではいってきた彼女は時折鼻を啜って泣いているようだった。佐疫はとても穏やかな顔をしていて、つかさを見ていた。
説得はできたらしい。

「つかさ、お帰り」

返事はなかった。それでも、佐疫の外套を握る手がぎゅっとさらに強くなるのを見届けて――――またつかさ、と名を呼んだ。

「お前に会いたいと行ってきた者が、ここにいる。顔を向けてはくれないか」

顔はあげない。
佐疫も名を呼び、促すが泣いている顔を見せるのが恥ずかしいのか、それとも”会いたい者”に対して拒絶をしているのか。肋角はつかさが己から顔を向けるのを待つしかない。つかさ自身が動かなければ意味がないのだ。

「つかさ」

会いたい者、である彼女が名を呼んだ。
その声を耳にいれたつかさが、涙で腫らした目でこちらをバッとみたのだ。赤黒い瞳が大きく開かれる。目じりにたまっていた涙がこぼれた。

「――――も、も」

もも。そう掠れた声で呼んだつかさへと、優しく微笑む彼女。

「変わらないな、つかさ」
「もも、もも・・・桃、桃桃!」

佐疫に持ち上げられていたつかさがおりてその身を桃と呼ばれた彼女にぶつける。少しばかりよろめいた桃はそれでも抱き付いてきたつかさを強く抱きしめた。

「どこに・・・どこに、いってたの。私達をおいて、どこにいってたの。真桜も真琴もおかしくなっちゃった。おかしくなって、わたしのせいでおかしくなって・・・、ごめん。ごめんごめん、ごめんなさい私が、私が」
「大丈夫だよ、真桜も真琴も、元の世界に戻れた」
「――――−え?」

桃の言葉に、顔を上げたつかさ。

「俺は、あいつらに頼まれてここに来たんだ。最後まで頑張ってきたつかさを救ってくれって」
「――――・・・」
「俺はあの時、逃げたな。逃げてお前の苦労を見ようともしないで、俺はその報いを受けた。そして戻ってきた二人の力でこの世界に来たんだ。お前を、救うために」
「私を・・・すくう・・・・・・・・・すくわれて、いいの?」
「良い、許す」

桃が止まることなくこぼれるつかさの涙を親指で何度も何度もぬぐう。まるで子をあやす母のようだった。

「――・・・元の世界に戻ってきて、8年たった。その間ずっと、お前らの事ばかり考えて何も手につかなかった。そのうち、子供じゃなくなって大人になって全部をお前に擦り付けて逃げて、元の世界に戻ってその罪から逃げていた事に気付いた」
「八年、」
「そうだ、あれから八年たったんだ」

そう寂しそうに語る桃は、つかさと同じくらいの身長だったはずなのに、高い。つかさの頭が肩あたりにある。同じくらいだったのに。声も、落ち着いている。しゃべり方も、仕草も、表情も、顔も、つかさの記憶に残る桃よりも成長し、大人びている。
変わった者と変わらない者。
桃は、つかさの癖のある毛を撫でた。

「お前の罪は、俺の罪。返してもらうよ」
「―――も、」
も。


つかさの前髪で隠れた右目から黒い珠が黒霧に包まれて姿をあらわした。それと同時につかさは糸が切れるように気を失い崩れていった。

突然のそれに慌てて近づいてきた佐疫へとつかさを渡すと、その黒珠を手に取り、桃は口を開けて飲み込んだ。

「これで、あとは俺が消えるだけでいい」

始終静かに見ていた肋角と災藤。

「それしかなかったのかい?」
「これしかなかった。元の世界じゃあ、真桜も真琴も死んでいる。つかさは行方不明とされてて真桜と真琴を殺した犯人だと二人の家族、世間に強く責められ、つかさの家族は一家心中。元の世界に帰っても・・・つかさの帰る場所はどこにもない」
「・・・」
「そんな中、魂だけの真桜と真琴に会った。バサラの力を持った二人は成仏できず彷徨っていたんだ。二人は、つかさがこの世界にいてなお世界を、仲間を救おうとしているって聞かされてね・・・抜け殻だった俺は、運命をかんじた。俺が、つかさのかわりになろう。そうすることで、この罪は、赦される」

桃の体が薄くなる。
生者であったはずの桃の体は死へと、その身に取り込んだ世界も完全な消滅へと。


「俺たちは、つかさがいつも俺たちの気持ちを汲んで頑張ってくれるからずっと甘えていたんだ。結果、つかさは笑わなくなった。人を喰うようになった。己を簡単に犠牲するようになった。つかさは、生きることを選んだ。だったら、俺たちが甘えてきた分つかさの願いかなえてあげないと。・・・なあ、つかさをこれからもよろしく頼むな。泣かしたら・・・」



化けてでてやる。







そう、笑って消えていった。




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