崩れた。 折れた。 落ちている。 ぼろぼろで不安定で私以外の誰かがそこに踏み込めば、階段を一歩でも登れば倒壊してしまう塔。その天辺にいた私は、下から登ってこようとする者に、叫ぶ。 こないで。 こないで。 こないで。 こないで。 こないで。 こないでよ。 ここに。 ここは。 「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね・・・」 私の死に場所。 そこを崩されたら、私は死ぬのが怖くなる。 消えるのが怖くなる。 だから、来てほしくないのに。 あなたは。 貴方たちは―――― ** つかさはすぐに見つかった。外に出ていった、と災藤さんの視線の先を歩くと茂みの中に入った。どこにいるだろうか。遠くに、行ってしまったのだろうか。彼女は現世への行き方はわからないはずだから、いるとしたらこの獄都のどこかだろう。長い時間探し続ける覚悟で探していた佐疫だったが、人気の外れたこの静かな場所で、ささやく声が聞こえた。 小さい。けれど静寂を揺らすように聞こえる声は、つかさのもの。 そっと足音を立てずに声の持ち主がいる処までたどり着くと、そこにつかさはひざを曲げ腕で頭を抱えて座り込んでいた。隠れた顔、口から漏れてるのは「死ね」という言葉。 誰かに向けた言葉ではない。 「つかさは死ね。死ね。死ね。お前が死ねば全部終わるんだ。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね・・・」 死神の暗示。 佐疫は、声を荒げたつかさを思い出す。 彼女は別の世界からやってきた。その世界は永遠にループを繰り返していて、それを正すためにつれてこられた、と。だが、そこで待っていたのはどうやっても正せない現実と、逃げられない絶望。一人、また一人と仲間達が狂い壊れていく中、同じように壊れながらもその世界を、仲間を助けようともがいた。そして、どうやってか、本来とは違うやり方で世界を不完全に破壊し、この世界に、獄都にやってきたと、いう。 つかさの目的は、その不完全に壊れ、まだ形の残っている世界を”完全”に壊すこと。どうやって壊すのか、壊す手立てがあるのか佐疫は知らなかった。 けれど肋角さんが、彼女がほしいといった。獄卒として。 それは、彼女に接してきた佐疫などの部下たちも同じ気持であった。それぞれ感じたことは違えど、無表情から、笑みを見せた彼女に、絶望に沈んだその赤い瞳がそれでも己以外を助けようとする強い光。そんな中に見せる、本当の気持ち。 見届けるだけと決めていた佐疫は、自分がいつの間にか彼女に触れようと支えようと手を伸ばしていることに気付いてしまった。 己の心を殺してまで、責任をとろうとする強さ、そして仲間を救おうとしたやさしさ。不安定に足をとられながらも立つその姿。 最後には、死ぬことで、壊れ永遠に同じことを繰り返す世界を、壊れてしまった仲間を救おうとしている。 なんて。 なんて、優しいのだろうか。 うずくまるつかさを抱きしめる。 ビクリと身を震わせ、黙るつかさ。けれど、嗚咽がそこから少し、もれているのだ。彼女は。 「行こう。死ぬことなんてない。きっと、それ以外にも、方法がある」 「・・・っ・・・」 「だから、どうか、君の心を殺さないで、それ以上、うそを重ねないで」 「・・・ぁ・・・っ・・・っ」 君のようにはできないけれど、君の望む思いで包み込む。獄卒だから、長い長い時を生きているから人の心は、あるいは動物の感情は、わすれてしまったけれど、それでも使命と呼ぶその道の中、道を戻れない絶望を溜めて誰にも口に言うまいと我慢する君を、救いたいから。 「生きればいい。生きたいなら、生きればいい。忘れてしまえばいい。悪い夢だと思えばいい。だって、生きたいんだから」 「・・・・ぁぁ・・・、ぁ、佐疫・・・」 「責めはしない。責める奴はつかさや君の仲間の事をなんにも知らないから、わからないんだ。君が仲間がどれだけ頑張って、生き抜いてなんとかしようとあがいてきたかを」 「さ、えき。佐疫、佐疫」 「行こう。帰ろう。あそこには君を助けてくれる奴らがたくさんいるんだ。君を受け止めてくれる奴らがいるんだよ―――」 どんなに壊れていても関係ない。人の肉を食うのだとしても関係ない。 気持ちはかわらない。 いきたい。 そう消えてしまうくらいの掠れた小さな声でつかさは泣いた。 [*前] | [次#] |