輪っかの内⇔外の境界線




昔、そう遠くはないけれどもう手の届かない昔。
きっと世界規模で見たならば平凡でしかない人生を生きていた”俺”たちは、奈落の底に突き落とされた。
そこは、ある一定の時間を永遠に繰り返す、始まりも終わりもない世界だった。

与えられたもの、わずかな力とバサラ。
ここに来て失ったもの、友達と平凡と、希望――――
ここで、手に入れたもの。


出会い、と絶望。
そして、罪。





懺悔をしましょう。








**


つかさは逃げ出した。

佐疫の腕を振りほどき、その体を突き飛ばして彼の目を見ることを拒絶し部屋を飛び出した。足が震える。もつれながらも走り階段を下る。

ここの館にはもういたくない。現世にいこう。けど、どうやっていこう。ああ。ああ。けど、ここにはいたくない。ここにいると、ここにいると、泣きたくなる。足がすくんで先に進めなくなる。この身を抱きしめて泣き叫びたくなる。
厭だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。

私は、罪を、許されない罪を、懺悔を、責任を、とらなければ――――


館の扉を開ける。勢いよく開いた扉の先に、見たことのない人がいた。銀色の髪のきれいな男。視線があう。

「きみは、」
「・・・ぁ・・・あぁ!」
「!」

うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。そんな目でみるな。そんな敵意のない目でみるな。

男を避ける。伸びてくる手を避けてつかさは灯りのない暗闇の奥、茂みへと逃げていった。
つかみ損ねた男、災藤はふぅ、と息を吐いた。

「――・・・すまないね。少し、時間がかかるかもしれない」

つかさには視えていなかった背後の人物は災藤の言葉にかぶりをふる。

「平気です。あいつが戻ってくるまで、ずっと待ちます」
「ふふ、戻ってこなかったらどうする?」
「戻ってくる。・・・あんなに表情が柔らかくなったのはここにいる人たちのおかげだからな。気付いてないんだ。自分自身がどれだけここに焦がれてるかを、さ。だから、それに気づいて、戻ってくるさ」
「・・・成程。なら、特務室で待つとしようか」

災藤は、目の前のまだ幼さが少し残る生者と共に館の中に入って行った。

「あ、災藤さん」
「やあ、佐疫。探し物かな?」

いつも穏やかでこんな陰りのある顔を滅多に見せない佐疫が探しているものは、先ほど館を出ていったつかさだろう。何を探しているのかを聞けばその通りで「つかさを見ませんでしたか?」と尋ねてくる。予想通りの台詞に災藤は小さく笑いながらも、目の前の部下の感情の変化を愉快に思いながらも「外にでていってしまった」と伝えた。

「ありがとうございます。――?」

災藤の背に隠れて見えていなかった佐疫は、身を動かしやっとそこにもう一人、いることに気付く。ワイシャツにジーンズという簡素な服装を着た女性。首だけかるく会釈した女性は「はやく追いかけてやれば」とだけ吐いた。

その言葉に、追いかけなきゃと足を進める佐疫。あの女性はいったい何者なんだ、という考えはもうすっぽりと抜けてい待っていた。


「さあ、こっちだよ」
「ああ」

目の前の異質な存在に動じずついてくる女性。言葉や態度に心を揺らし感情を変えるつかさとは逆に、一つや二つの事柄言動には特に変化をみせない表情。田噛と似たようなところがあるこの生者は、少しだけ興味ありげに館の中を視線だけで見渡すとすぐに災藤の後をついてくる。

特務室にたどり着き、中にはいると帰りを待っていた肋角が煙管を持ち、紫煙を吐き出していた。赤い瞳が災藤の後ろの女性へと注がれる。

「彼女が来訪者か」
「どうも。つかさが世話になってるみたいで」
「ああ、つかさは実によくやってくれている。獄卒として迎え入れたいぐらいだ」
「いっそのこと本当に迎えたら?人のために頑張るのが長所で、頑張りすぎて自滅するのが短所ね」

あいつ馬鹿だからなあ、とどこか懐かしむ表情。

「いつまでたっても他人に尽くそうとして自分の気持ち無視して手遅れになるんだあいつは・・・。・・・で、肋角さん?だっけ。あんたはつかさをどうしたい?」
「どうしたい、とは」
「そのまんま。つかさがほしくてつかさもそれに答えるなら俺は話したいことがある。けど、つかさを手放したいんなら、帰る」

その女性の言葉に、鼻で笑った。
今までの話で、手放すことは”ありえない”と笑ったのだ。

「先程も言っただろうに。獄卒として迎え入れたい、と。どちらにしても、つかさ次第だろう?」


「まあ、そうだな。ずっと苦しんできたんだそれぐらいの権利は絶対にあるさ」


絶対に。
ないなんて言わせない。


そう、強く言う女性の眼差しは我々を牽制しているようも見え、強く鋭かった。



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