冷めた紅茶と焦げたクッキー




「つかささん、あなたの未来に幸あれ」

人の来ない廃れた神社。色の剥がれた鳥居の前でショートヘアのセーラー服に似た巫女服を着た鶴姫がいう。その女の子らしい瞳は少し寂しそうでけれど強い芯がみえる。

「・・・ごめんね、鶴ちゃん」

私は、祈り目を瞑る鶴姫を、なるべく痛くないように―――飲み込んだ。



**




天海、金吾、鶴姫―とバサラ者三人を飲み込んだ私の体は重い。もちろん体重が増えたわけではなく、不完全な、欠けていた世界が元に戻ろうとしている。それは、最終地点に近づいている証でもある。

死ぬこと。


私は怖いとは思わない。何度も死ぬほどの痛みと苦しみを味わったのだ。それを終らせてくれるのならば私はその死を喜んで受け入れたい。


「・・・、」



受け・・・いれたい。




・・・。

コンコン。部屋のドアがノックされた。全身の力を抜いてベッドに寝転がっていた私は、起き上がり返事をかえした。ドアの向こうから聞こえてきたのは佐疫の声で、ドアが開く。穏やかな水色の瞳の笑みが覗いた。

「つかさ」
「佐疫さん、何か用ですか」
「用がないと来てはダメかい?」
「・・・、・・・べつに」

そういうわけではないけれど。意思を固めていた時に来られると。

―――。

その先の浮かんだ言葉を消した。たった今、死を受け入れる。とそう決めたのに。佐疫の穏やかな顔が。

「今日はつかさにあげたいものがあってね・・・ほら」

後ろに隠していた布をかぶせてあるバスケット。甘い匂いが仄かに漂ってきて、中に入ってきた佐疫は私の前まで来るとその布をどかした。バスケットの中にはたくさんのクッキー。

「・・・クッキー」
「そう。つかさの為に作ったんだ。お茶会しよう」
「・・・お茶会」

佐疫の手がクッキーを一つ摘み、私の口の前に差し出される。そんなことしなくても、と彼を見れば私がそれに食らいつくのを待っていた。羞恥に視線をオロオロさせながら口を開いて食べた。程よいサクサク感と、ジャムの味がおいしい。

「ねえ、逃げた人たちはあとどのくらいなの?」
「・・・あと・・・、ひとり、かな?」

感覚的にしかわからないが、あと一人だろう。たぶんそいつを喰うことができれば世界は完成し、神は完全に消滅する。そしてあの世界のすべてを私が引き継ぐこととなり―――――。

使わない台所からの佐疫の声。鼻歌を歌っている。紅茶のいい匂いがして、ティーカップと共に現れた。あと、ひとり。そう聞いた佐疫は笑みを絶やすことなく私の椅子に腰かけてクッキーをかじった。

「そっか。そうしたら、君は目的を果たすことになるからおれ達とは別れる事になるのかな」
「・・・・」

そうだね。
その言葉が喉でつまりでなかった。

それに気づいていない佐疫はその絶やさなかった笑みに少しだけ寂しさを混ぜて視線だけこちらに向けた。瞳にわずかに宿る熱は、私の心に訴えかけてくる。

”会えなくなるのが寂しくなるよ”と。



やめてよ。


「最近は、おれたちの任務の手伝いもしてくれてるんだってね。肋角さんが、手際がいいって褒めてたよ」
「そう、なんだ」
「田噛や斬島なんかつかさの多方面から視た様々な考察が面白いし任務にも役立つって言ってた」
「・・・」
「谷裂なんか、仕合う度にすばしっこくなってそれを捕まえてギャフンと言わせるのが面白いみたい」
「・・・てよ」
「木舌なんか、ずっとつかさの話を、」
「やめてよ!」

そんな話をしなくていい。しないで。
そうやって、私の心を揺さぶって、私を。私を。

「私は貴方たちの仲間じゃない・・・!なのに、そんな言葉投げてっ・・・私は・・・!私はっ!不完全になってた世界を完全にしてそれを消滅させる!それを目的にして進んできたのに、自身も消えるのを覚悟で進んできたのに!やめて!これ以上、私を、」

迷わせないで。
衝動で叫んだ私は、一気に冷めていく熱に、頭を抱えた。

違う。迷ってはいけない。
私は、あの世界を消滅させなければならない。消滅させるには世界そのものになった私自身を消さねばならない。絶対。でなければあの世界はいつまでも終わることのない暗く陰湿で狂気に苛まれながら永遠に近い、否永遠を生きることになる。私は、嫌なのだ。
味方であった者たちが苦しむ。仲間の愛していた人が悲しんでいる。私は、間近で何度もみてきた。もう見たくない。もう、つらい思いをするのもさせるのもいやなのだ。だから終わらせたい。この絶望を。暗いゴールのない回路を。
私自身を。終わらせたい。

「優しいね」
「・・・ちがう」
「優しいよ。自身の気持ちを後にして仲間の救いを求めてる。本当は、自分だって救われたいのに、どちらかが救われるしか選択肢がないから―だからつかさは己を犠牲にしてる。優しいよ」
「違う!違う違う違うちがうちがう・・・」

「だからこそおれ達は・・・」

佐疫の手が頬に触れた。
そこで頬が濡れていることに気が付いた。冷たい。濡れている部分をぬぐい、頭を優しく胸に押し付けられた。トクトクと聞こえる心音。低い冷たい体温。血の匂い、とそれよりもかおる花の匂い。

「おれ達は―」

私はその先を聞きたくない。
ききたくない。

ききたくない。
だって、聞いたら、折れてしまう。
せっかく、築き上げてきた決心が――――――






「君と長い時を過ごしてみたいんだ」

「―――――――っ」




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