お粥の湯気事情




「真琴は、お前を気味悪がっていたよ。人肉を喜んで食べるお前を。平然と人を傷つけ殺すことができるお前を。見知らぬ男にその身を抱かれる事を。こわがっていたよ。汚いものだと感じていたよ。お前は言ったな。真琴は壊れて私に当たり始めた、と。いいや、違うな。壊れたから当たり始めたんじゃない。お前が、化け物だと気付いたから!お前を消そうとしたんだ。うそではない。なぜなら、私は」

神だったのだから。


**

血が沸騰している。けれどとても冷たい。目が痛い。頭が痛い。喉がものすごく乾いている。目に映るものすべてがはっきりと映っていて気味が悪い。焦点がうまく合わない。喉乾いた。ち。
ち。ち。血。血。私は。

「ははっ・・・!はははは!」

この身の中で膨張していく醜い汚い欲が私をおかしくさせる。笑いが止まらない。血がほしい。肉がほしい。おいしそう。
美味しい。おいしいおいしい。血。

「ははははははっ、化け物めっ」

化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。化け物め。
肩にかかっていたタオルがおちた。ドアを開けて、開放感を身に感じながらふらつく足で廊下を歩き出した。おなかがすいた。のどがかわいた。餓えている。私は餓えている。

高揚している。興奮している。欲が、理性をなじって捻って殺した。




肉が、ほしい。








「お前何してんだそこで」

声。見れば、けだるげな顔をした田噛がいる。橙色の瞳が私を見ている。ああ。あああ。ああ。おいしそう。その目。おいしそう。
私は笑う。
近づく。

「お前・・・顔が赤いぞ。息も荒い。熱でも、」
「おいしそう」
「――!」

私の名前を呼ぼうとした田噛を押し倒した。身長差はある。けれどここにいる獄卒の中ではもっとも近い。押しのけようとする力は強い。けれど、私はいまおかしいのだ。おかしすぎてできないこともできてしまう。
田噛の首に噛みついた。息をしている動きが口越しにつたわる。顎に力を入れれば柔らかい皮膚に歯が埋まり、限界を超えた皮がプツリとちぎれた。そのまま押し込み肉を絶つ感触。熱い液体が口の中に溢れ舌でそれをなめとり掬い喉の奥へと飲み込んでいく。

「ぐっ・・・退け!」
「きゃん」

髪をつかまれ横に投げられる。それと同時にブチブチと繊維のちぎれる音。口の中におさまっている肉。噛む。ぐちゅ。ぐちゅ。うまい。おいしい。おいしいおいしいおいしい。
もっとほしい。そうおもう。

「ふふ、ふはっ!ねえ、ねえねえねえもっとちょうだい」

血を垂らし肉片を口端につけてねだる。田噛の首は血だらけだ。ああ、おいしそう。おいしそうおいしそう。どうしてこんなにおいしそうにみえるの。なんで、同じひとなのにこんなに。こんなにも。


こんなにも―。

「ふふふふ、ぐ、ええぇ」

口の中にある肉。血の味。おいしい。おいしいけど美味しいけど、違うの。そうしたかったんじゃない。
こうしたかったんじゃない。肉は美味しい。人の肉。違うの。
私は、今、肉を食べたいんじゃないの。

口の中に残る肉片を吐き出す。胃からせり上がる胃酸と共に今飲み込んだ肉と血を吐き出した。掌にそれがかかろうが、服がそれで汚れようが構わない。吐き出してしまいたかった。

「ぐえ・・・、えええぇ、えっぐ」

違う違う。違う。私は、夢を見たの。現実っていう夢。
それがいやだった。知りたくなかった。知りたくなかったの。けど、知ってしまった。元の私の世界からの親友が、前の世界でも親友でいてくれて、彼女が好きだから親友として好きだから彼女の為に頑張ろうと思えたし、悲しませることもしたくなかった。
だから知りたくなかった。もしかしたら、の嫌な気持ちにふたをして知らないふりをしてきたのに、それはまさかじゃない、もしかしたらじゃない。事実。それが悲しかった。夢の刹那にかたられた真実。真桜が私を恨んでいる。あの人はお前の間違った選択で死んだ。あいつはお前をこう思っている。ああ思っている。おまえのせいで。お前が間違えた。お前の自分勝手な気持ちが。我儘だ。どれも事実で、けれど、耐えた。
確かに私は自分勝手なのだ。だから耐えれたし、それらに折れることはなった。

耐えれたはずなのに。
今回だって真琴の事がでてきても、耐えられると思ってたのに。
おかしい。


「きもちわるい。あたまいたい」
「・・・・・・そりゃあ熱があるからだろ」
「!」

触れられた。それに過敏に反応し離れる。汚い。汚い汚い汚い私は汚い。触っちゃダメ。汚い。醜い。

「きた、な、い・・・よ、きもちわるいよ、」
「げろまみれなんだからきたねーに決まってんだろうが」
「ちがうちがうちがうちがう。みにくい。きたない。ごみ。ごみごみ。汚らしいばけものだ。化け物化け物ばけもの化け物・・・」
「化け物?上等だ。お前が化け物なら俺らも化け物だ、ボケ馬鹿阿保」
「いや、いやいやいや、いや」

腰をつかまれ持ち上げられた。ごみ箱に捨てられるんだ、と悲観的になり泣き始めてしまった。ぽろぽろと泣いてしまう。たどり着いたのは目の前の私の部屋で衣類を脱がされた。裸体が田噛にさらされて逃げようとしたが、逃げられなくて濡れタオルで強くこすられて痛くて、涙の止まらない目もゴシゴシと強くこすられた。痛い痛いいたい。そう口にすれば、俺の方が痛いんだよばーかと返される。ああ。ああ。そうだね、田噛は首が血まみれだもんね。痛いね。痛いね。

いつか佐疫にもらったシャツを着させられベッドに寝かされた。濡れタオルが目の上に置かれてそれがきもちいい。脱力。

「キリカに粥作ってもらうから待ってろ。それと薬も」
「・・・・・・きもちい」
「・・・そうだな。動くなよ、そこでねてろ」
「・・・・・・ん」


田噛の声。


いつの間にか、時間がたっていたのか、ぼんやりとした思考の中でいい匂いを鼻がとらえた。タオルがとられ、目の前にはスプーンに乗った白い粥。
重い瞼をなんとか開いて、口を開いた。

丁度いい温度の粥を飲み込む。


「きょう、きりしまと、ほうこくしょを、」
「これ喰って寝てからにしろ。斬島にもそう言っておく」
「・・・・、・・・・・・・ん」






あたたかい。




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